Angsthase | ナノ
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傘の取っ手の部分を握り、くるりと回す。くるくると傘を歩調に合わせて回し、ときには合わせず好き勝手にしながら歩くのは昔からの癖だ。本当は傘を差さずに雨に打たれるほうが好みなのだが、さすがに今日の雨模様からすると、その行為を実行すると風邪を引きかねない。そのため、大人しく傘を回すことに甘んじていた。もちろん、回転する度に飛び散る雨粒も、歳柄になく楽しいとは感じていた。そうでなければ、癖にはならないだろう。

「ここら辺はあまり変わってないなぁ……」

しみじみと中学生らしからぬ台詞を口に出しながら、街中をゆっくりと歩く。そんなナツメの現在所在地は浮世絵町である。施設長には電車の乗り継ぎを確認したいと無理を言って許可を貰い、密かにここにやってきた。もしものときのために眼鏡を掛け、帽子を被り、念には念を入れてかつらを用意する習得ぶりだ。
なぜ、そこまでしてナツメがこの場に来たのか。
それは確認のためであり、試練のためだった。
彼女の言い分はこうである。

「なにもなかったら仕方ない。でも、本当に愛してくれていたのか、今でも愛してくれているのかを知りたいだけ」

ナツメの行き先は、数年前、命を落とした場所ーー山吹の道だった。今日、わざわざ赴いたのは、その命日の翌日であるからだ。
己が死んだ場で供養したような痕跡が少しでもあれば、それはかつて自分が存在した証拠になるし、多少なりとも居場所があったという証明になる。すなわち、それは愛情があったか否ということと同意義になる。それがナツメの考えだった。
愛情を欲して死に、生まれ変わっても愛を中心として生きていたナツメとしては、それはごく当たり前の帰結だった。好奇心もあれど、死後の名声を気にする人間のように、やはり己のことを大切だと言ってくれた人間のその後の行動は気になるものである。

ナツメの歩調は変わらず、傘を回しながら淡々とあの山吹色の道へと向かっていた。
はやる心とは裏腹に、歩みは一定の速さを保ち続けている。知っている道。懐かしい風景。それらに巡り合っても、その速さは変わらなかった。むしろ、心が急かされるだけ、逆に身体はこわばっていっているような気がした。

とうとう角を曲がり、視界が山吹に包まれた瞬間。ナツメは自分自身がどのような表情をしているのか、まったく見当がつかなくなった。
ただ、一言。

――……あぁ。

もはや小さすぎて呼吸に近い感嘆が、ナツメの口から出る前に、降りしきる雨音に包まれて消えていった。
ナツメの視線の先には、一面に石畳が敷き詰められている風景が広がっていた。
その口端が上がるのは、はたして――

「……なんでかなぁ」

たった一輪の花が、花瓶に包まれながらそこに飾ってあった。
どこまでも澄んだ白の花は、まるで祝うかのような純粋さを抱いていて、凜と背伸びをしている少女を連想させた。

それは、彼女を慈しむように。
それは、彼女を悼むように。

たった一輪。そこに置いてあるだけなのに、様々な想いが一気にナツメに向かって流れ込んでくる気持ちがした。

「…………」

嬉しいのか、悲しいのかわからない。
何十分か何十秒か分からない。ナツメはじっと花を見続けていた。その間にも、雨は静かに恵みを降らせて続けていた。時おり、風が吹いてナツメの手や足を濡らしたが、彼女が気にすることは全くなかった。




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