Angsthase | ナノ
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昔むかし。
ナツメがまだ、奴良ナツメになるよりもさらに前の、子供だったときの話。

「友情なんて、どうせこんなものなんだ」

そう、確信を持って呟くようになった、とある小さなこぼれ話。


前々世のナツメは家族に恵まれなかった。
両親は常にいがみ合い、憎しみ合い、貶し合う。そして、そのどちらもナツメのことを、鬱憤のはけ口として利用していた。
この家に、愛なんてものはなかった。

夫は妻を虐待していた。妻は夫を嫌っていた。
父は娘を利用していた。母は娘を虐めていた。

――娘はただ、全てを諦観しながら堪えていた。

しかし幼い頃のナツメは、自分が辛いのかということすら、あまりよく分かっていなかった。家庭内の状況を比べる機会がなかったために、「これが普通なのだ」とごく自然に考えていた。仮に落ち込んだとしても、この状況を辛いと思うことは自分の心が弱いせいだからだと、自らを常に責めていた。
ナツメは人並み以上に空想の世界、つまり本や漫画などの二次元的な世界を愛していた。それゆえに、もちろん平和な家庭の存在を知っていた。だがそれは結局、ただの空想にすぎないのだと信じて疑わなかった。
しかしその考えは、だんだんとうち砕かれてゆくこととなる。

幼く、世間を知らなかったナツメも、成長するにつれ、どんどんその世界を広げていった。ネットや学校などのコミュニティーに身を置けば、否応なしに交流せざるを得なくなるのだ。
なにげない友人との会話。
さりげない常識との邂逅。
そして、いつしかナツメは気づいてしまった。

“――ああ、これは、普通じゃないんだ。”

ナツメにとって、それは気づかないほうが幸せだったのかもしれない。
周りとの異常を意識しながら生きてゆくほど辛いものはない。異常を当然と捉えるほうが、狂人が己を狂人だと捉えないほうが、まだ幸福だと言えるのだから。
帰宅すれば目の前に広がるのは、いつも通りの、家族として全く機能していないひとつの集合体。
いくら当然だと考えていたとしても、ひとたびその異常さに気づいてしまえば、それは到底耐えられるものではなかった。
罵りあい、利用しあうしかない、崩れきった環境。
時おり気まぐれに向けられる、愛情らしきなにか。
そして、愛情と家族を信じられなくなったナツメが、残ったただひとつの光、友情へと傾倒してゆくのは当然の帰結だったのだろう。






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