Angsthase | ナノ
3


思えば、奴良ナツメは変わった少女だった。何もかもを見透かしたような目をしながら、性格は引っ込み思案で臆病。そのくせ、本当に大切な物事には躊躇いなく踏みこんでいく強さも兼ね備えていたのだから。
なりゆきにせよなんにせよ、父親である鯉伴を庇って亡くなったナツメのことを牛鬼は高く評価していた。死に様が重要視されるほどひどい世界ではないが、自分の命を惜しまずに他者を救おうと動ける者は大人でもなかなかいない。それを齢六つの娘が果たしたのだから、はじめて牛鬼が事の顛末を聞いたときは、衝撃よりもまず感嘆があったほどだ。

――本当に守るべきものがあったなら、刃向かうのもまたひとつの手ですけどね。

あのとき、幼い子供は少しだけ頬を緩めてそう言っていた。
臆病だった彼女は、やはり守るべきものから刃向かって命を落としたのだろうか。牛鬼は疑問を口に出そうとしたが、代わりに出たのは大量の血液だけだった。

「……ああ」

真剣そうな表情で、こちらの顔を覗く琥珀が見える。この少年もまた、何かのために命を惜しまず動くのだろうと考えると、どうしてか牛鬼は口元が緩んでしまうのだ。

「――――」

言葉にならない呟きを口に出す。
視界が水面のように揺れているのを感じ、牛鬼はそっとまぶたを降ろした。



帰りの電車に揺られて、ナツメは昔の記憶を意識上に浮かばせた。
本当に忘れていたようなことだったが、ナツメは以前、牛鬼と対話をしたことがあった。たわいもない、と言うには厳しい空気だったが、それでもナツメは始終穏やかな気持ちだったような気がする。それは死を覚悟していたためか、はたまた些細なことを気にしていられないほどに緊張していたからか、とにかく、幼いナツメは牛鬼にひとつの願いを託したのである。

「(結局……それは無駄になってしまったようだけれど……)」

リクオの懐から包帯がちらりと覗き、ナツメは疲れからか浅く溜め息をついた。

「(それでも、無事だったからいいのかもしれない)」

明鏡止水で消えたときの、彼の驚いた顔を思い出す。
次期頭首になるかもしれないと僅かばかりに期待させて、唐突に消えた娘。
期待していたのにも関わらず、裏切って失望させた少年。
一体そのどちらが、あの組を愛する男にとっては辛いものだったのだろうか。

きっと、考えるまでもない。原作の牛鬼の姿を、ナツメは心の中の指先でなぞった。

「――そういう物語なんだから」

ガタンと車内が強く揺れる。視界という名の世界の振動に包まれて、ナツメは諦めたようにゆっくりと目を閉じた。





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