Angsthase | ナノ
4


「うぉぉーテンション上がるー!」
「す、すごい……」

予想通りと言うべきか、予想以上だと言うべきか。家に入るやいなや、女子たちは感嘆の声をもらした。
広くつやつやと光る玄関ホール。天井に吊され、きらきらと繊細に光を反射するシャンデリア。抽象的すぎてよくわからない立派な絵画たち。古めかしい壷や、迫力のある鷲などの剥製。どれをとっても、清継の実家が成金趣味だという印象がひしひしと伝わってくる。
清継は彼女らの反応がまんざらでもなかったようで、自慢げに高笑いをしている。

「はっはっはっ。父親の山好きがこうじて建てた別荘でね。この山の妖怪研究用に建てかえさせたものだ」
「はぁー……」

そして、どんな高級そうな芸術品よりも、女子中学生の巻たちを沸き立たせたもの。
早く案内をしてくれと催促されながらも、清継は勿体ぶりながらそこに通じる扉をガラリと開けた。

「うぁぁぁーーすっごーーい!」
「豪華すぎるー!」

目を輝かせながら巻と鳥居が感想を言う声と、ししおどしの和やかな音が反響する。ナツメも彼女らの勢いにつられて、「へぇ……」と興味深そうに表情を変えた。

まず飛び込んできたのは藺草と温泉の匂いだ。風呂独特の香りの中に、どこか慣れない和室のような、薬のようなものが鼻腔を刺激する。
それに不思議な空気を感じながらも目前の光景を見れば、そこには夜空の下、湯煙がもうもうと湯舟から湧きたつ露天風呂があった。
どこからともなく引かれた温泉がこんこんとそれを満たし、溢れたものが床のタイルを伝って斜面の下へと流れている。ほのかに光る灯籠や、木造であたりを囲うさまは、彼女たちにどこかの高級そうな旅館を彷彿とさせた。一点の汚れもない鏡などの設備はさすがと言わざるをえないだろう。
ナツメは、もしこれからここが馬頭丸に襲われなければ、よろこんで入浴しただろうに……と彼女にしては珍しく、とても残念に思った。
いくら未来がわかっていようと、ナツメだって立派な女性なのだ。温泉に入りたい気持ちがないわけがない。

「さっそく入ろー! 行こうぜカナ、氷麗、ナツメー!」

ばたばたと部屋に向かう女子たちをナツメもやや駆け足で追う。清継に告げられた部屋の扉を開ければ、元気な彼女らはさらにわぁわぁと歓声を上げていた。

「あ、私……お風呂はちょっと後にしていいかな? 山登りで疲れちゃって……」
「りょーかい! 無理はしないでよ?」

荷物から着替えを出している彼女たちに話しかければ、快く了解を得られた。おおかた目の前の温泉に釣られて、気分が浮かれているからだろう。

ナツメはほぅと息を吐いた。雪女は温泉をどう断るのだろうと見ていると、彼女はベランダの窓の外をしばらく見つめたかと思えば、慌てた様子で部屋を出ていった。
巻たちが何も言わなかったのは、それがお手洗いやなにかだと思っているからだろう。実際は護衛対象について行くために行動したのだが、それを知っているのはナツメだけだった。

「そんじゃあ、お先にー!」

入ったときと同じくらいの騒がしさで女子たちは出ていった。ナツメは手をひらひらと振って、ベッドに座りながら見送る。

バタンとドアが閉じられると同時に、溜め息をつきながらナツメは後ろに倒れこんだ。少しの衝撃はふんわりと柔らかいベッドが受け止めて包みこむ。その不思議な暖かい感触を楽しみながら、ナツメはゆっくりと目を閉じた。

「(今回は関わらないことにかぎるよね……)」

彼女らと一緒に温泉に入れば馬頭丸と戦闘。
清継たちの妖怪探索に付き合えば午頭丸と戦闘。
どちらの妖怪も決して弱くないのだから、武器を持たないナツメが行くのは自殺行為だ。
というよりも、半妖(だと思う)のナツメが彼らの催眠に掛からなかったら、怪しまれて注目を浴びてしまうだろう。最悪、リクオの護衛だと勘違いされて攻撃されたらそれこそ悪夢だ。なす術もなく死んでしまうかもしれない。

原作に描かれている巨大な根香や宇和島の姿、爪を何本も生やして襲い掛かる午頭丸の姿を思い出して、ナツメはひやりと冷たい汗をかいた。

――あんなのと戦うなんて、ぜったいに無理だ。

原作初期だからといって、あれが本当に弱かったら牛鬼組にはいない。
頭を振って、ナツメは無心になることを努めた。
馬頭丸とその巨大な仲間たちはいまごろ温泉にいるのかと思うと恐ろしいが、ここにまで被害が及んだ描写はなかったのだから、どうしてでも落ちつかなくては。――畏を牛鬼組に渡して、いまの彼らを強くすわけにはいかないのだから。

無心、無心と心中で唱えているうちに、先ほどの山登りで疲れしまっていたナツメは、いつの間にか、気づかないうちに意識をゆるゆると闇の中に落としていった。





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