Angsthase | ナノ
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新幹線を降りてバスに乗り換え、さらに数十分したところで、ようやくナツメたちは捩目山の麓に到着した。気持ちよさそうに伸びをする巻たちを見て、大変なのはこれからなのにな、とナツメは他人事のように思っていた。
その一時間後。

「なんだよー! ず〜〜っと山じゃんか!!」
「当たり前だ、修行だぞ!!」
「足いたいー」
「はぁ、はぁ……」

侮っていた。捩目山登りを完全に侮っていた。荒くなる息をなんとか抑えつつ、ナツメはぐったりしながら重い足を動かしていた。いくら畏が使える半妖疑惑の人間だからといって、普段から運動不足なナツメが山登りを簡単にできるはずがなかった。
いったい何百段目になるのか数えるのも億劫になってきたころ、ゆらがふいに何かに気づき、そちらに顔を向けた。

「うん? なんやろ、あれ……」
「えっ? なになに?」

みんながゆらの目線を追って、一斉に同じほうに顔を動かす。辺りに立ちこめる霧が深くためにわかりにくいが、そこには確かに何かがあるように見えた。

「小さな祠に……お地蔵様が奉っとる」
「どこ?」
「霧が深くって、ようわからんなぁ……。何か書いてはるわ」
「うーん読めないぞ?」

清継のその言葉は当たり前だと、ナツメは頷いた。普通の人間であれば、あの距離で、しかも霧の中にも関わらず字を読むことは不可能に近い。現にナツメも読めなかったのだ。
……ただしその内容はすでに知っているのだが。わざわざ近づいて見に行こうとしているゆらの名誉のために黙っておいた。

「ちょっと見てきます」

ゆらが階段から外れ、草を掻き分けて祠に向かう。清継はその姿を見て、アクティブな陰陽師だと評価するが、本来の陰陽師はどちらかと言えばアクティブなはずだ。ナツメが知るかぎりでは、とある陰陽師は妖怪退治のために夜の街を練り歩いていたはずであるし、机仕事やら研究をしているほうが珍しいと思われる。
ゆらがもう少しで祠にたどり着こうとしたそのとき、目を凝らしていたリクオが声を発した。

「梅若丸って書いてあるよ!」
「あっ、ホンマや」
「梅若丸の祠……きっとここだ! やったぞゆらくん、さすがだな!!」
「はぁ」

清継やゆらはともかく、カナは怪訝な表情でリクオを見ていた。当然だ。こんな距離で文字を読むことなど、人間ならば不可能なのだ。リクオの基準が普通の人間とはズレていることに、一体、当人はいつ気づくのだろうか。
ナツメは霧の中でぼんやりと佇む祠を見つめる。それにしても、集合場所がこの梅若丸の祠とは。こんなところを待ち合わせにするとは、よっぽど妖怪博士は意地が悪いらしい。または、わざと山で迷わせようとしたのか――。

「意外と早く見つけたな……さすが清十字怪奇探偵団」

きっと、ここで道に迷ってしまっていたら、牛鬼組は適当な言い訳をつけて清継たちを頂いていたに違いない。化原と名乗る本名不明の傀儡の姿を見て、ナツメはこれから訪れるであろう波乱に気分を下げた。




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