Angsthase | ナノ
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奴良家に着いた清継たちは、遠慮なく屋敷に上がりこんだ。妖怪たちはその姿を見るや否や、また陰陽師娘が来たのかと慌てて逃げ惑ったが、幸か不幸かその少女は制服を新調するために街へ出ていたため、そこにはいなかったので胸をなでおろしていた。

「みなさんごゆっくりー……」

毛倡妓に案内された先の部屋で、やはりリクオは風邪を引いて寝込んでいた。鯉伴がいるなら風邪を治せるのではないかと一瞬思ったが、これは変化をしたことで起こった熱なのだろうとナツメは考え直した。
いまのリクオは妖怪の力を使いすぎたことによって、知恵熱を出しているようなものなのだろう。いくら鯉伴が珱姫の力を継いでいるといっても、妖と人間の血が反発しあっているような状態は病とは言えない。故に、これを治せなかったのだろう。

ナツメはリクオの部屋を見回した。ナツメが奴良家にいたときは、リクオは三歳児だったのだ。もちろん、三歳の子供が部屋を持っているわけがなく――ただしナツメは二歳になる前から持っていたが、それは彼女がひとり部屋がほしいと強く主張したためである――これがナツメにとって、初めて弟の部屋に入る機会だったのだ。
漫画で読んだだけでは見れない部分もあることから、ついつい熱心に見てしまう。本が少し床に散らばっているのを見て、ナツメは微笑ましく感じた。そして、最後にリクオの机の上にある写真立てを発見し、表情を暗くする。
そこに映っていたのは家族写真だった。かつてのナツメが幼い頃、庭先で鯉伴たちと撮ったものだ。それを撮った経緯はよく覚えていない。
写真に写る鯉伴は若菜の肩を抱き、ナツメはリクオを一生懸命に抱きかかえている。みんな、どこか幸せそうな笑みを浮かべていた。あのナツメですら、ほんのりと微笑んでいる。それは、どこにでもあるような、ありふれた幸福を切り取ったかのような一枚だった。
写真に写るかつてのナツメと目が合う。これで良いのか、と問いかけられているような気がした。良いわけがない。ナツメはそっと目を伏せた。


清継たちはわいわいとリクオと会話をしている。まだリクオが薬を飲んでいないことを知ったカナは、気をきかせて薬を取りに行こうと立ち上がった。と、そのとき。ちょうどガラリとリクオの部屋の襖が開けはなたれた。

「お待たせ〜リクオさ……」

陶器のコップの割れる音が、リクオの部屋に響いた。清継たちは唖然としてそれを見つめていたが、氷麗の慌てている姿で我に返り、なぜここにいるのかと騒ぎだした。
ナツメは畳の上にこぼれたお茶を拭くために、ちょうどリクオのそばに置いてあったタオルを手に取った。畳に染みが付くのは、例えもう住まない家だとしても、なんとなくいい気分ではなかったのだ。

清継の自慢げな推測が飛ぶなか、固い表情で笑っている氷麗の考えていることがナツメにはだいたいわかった。おおかた、相手を凍らせずにこの状況をごまかすことを必死で考えているのだろう。
おほほーと笑いながらほんのりと冷気を出している氷麗を見て、彼女が着物姿じゃなくてよかったと安堵のため息をついた。もし彼女がその姿で出てきたら、本当にごまかしようがなかっただろう。

「そう、ほんの十分ほど早く彼女は来てくれてたんだよ……!」

リクオのフォローする声が弱々しいのは病によるものだけではないだろう。氷麗が慌ててそれに加わり、なんとか清継たちを納得させる。しかし、カナだけはじっと訝しげな様子で氷麗を見ていた。

「(まさか、三角関係が生で見れるとはね……)」

しかし、元弟のいざこざは見ていて気持ちのいいものではない。ナツメは床を拭きつつ、清継の明るい声を耳に入れる。

「――ゴールデンウィークは捩目山で妖怪修業だ!」
「おお〜!」
「……私、お手洗いに行ってくるね」

お茶で濡れたタオルを盆の上に乗せる。みんなが清継の動作に注目しているときを狙い、こそこそとナツメは廊下側の襖を開けて部屋を出た。

「……よし」

カバンの中から帽子を取り出して被る。家内での帽子の着用など無作法でしかないが、もしものことを考えるならばひとつでも保険は増やすべきだろう。
帽子の下で鋭く細められた目は、真剣な色を帯びていた。




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