Angsthase | ナノ
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リクオが出入りをやっていることを耳に入れ、鯉伴は当初から赴く予定だった一番街へとひとり足を運んだ。
ぬらりくらりと一番街に近づくにつれ、喧騒が耳に入ってくる。

「――おぉ、やってるじゃねぇか」

どうやらタイミングがよかったらしく、戦闘はまだ始まったばかりのようだ。鯉伴は持ち歩いていた長ドスをすらりと抜き、刀身をきらめかせながら戦場を逃げ惑う鼠たちを切り伏せた。明鏡止水を発動しているので、姿の見えない刃に切られた鼠たちは死因すら把握できずに死んでいったのだろう。獣の顔だが、そこには疑問に満ちた表情がありありと浮かんでいた。

ケージのほうで、昼間に訪れた息子の友人を見つけた鯉伴は、姿を消したままそちらへと向かった。わざわざ認識されないようにし続けているのは、自身の顔を知られているのもあるが、リクオの友人を保護するように立つ首無がいたからだ。
ゆらとカナの注意が首無から逸れたタイミングを狙い、鯉伴は首無の腕を掴んだ。それにより、触れられた対象である首無にも鯉伴の畏の効果が及び、違和感なく辺りから認識されなくなる。

「よう、首無」
「っ!? ……って鯉伴、様ですか。なんなんですか突然」
「ややこしい敬語を使うなぁお前は。なに、自分の息子が出入りっていうのに、見守んねぇ親がどこにいるんだい。――で、一体どうした」
「破門された旧鼠組の奴らが謀反を起こしたんですよ。若の友人たちを人質に、若が永久に奴良組三代目を継がないと破門状を持って宣言させようとしましてね」
「はぁ? なんだそりゃ」
「もちろん、そんなものは総大将が破り捨てました。そして、見てのとおり若が覚醒されまして、若の友人たちを助けるために出入りをしているわけです。わかりましたか?」
「へいへい。丁寧な説明をありがとよ。……おっ、リクオもやってんじゃねぇか」

鯉伴がリクオのほうを見ると、まさにリクオに飛びかかろうとしていた旧鼠の大将らしき鼠が、リクオの出した明鏡止水の炎で焼かれていた。

「いい火だねぇ」

鯉伴の呟きを聞いて、首無はこの親バカめという視線を送る。しかし、それは鯉伴が手を離したことによってふいにされてしまった。首無は反射的に姿を探そうとしたが、何百年も追いかけてきた経験でそれが無意味だということは悟っていた。

「……チッ」

姿は見えないが、声を押し殺して笑う鯉伴の声が聴こえたような気がする。
首無の近くにいたゆらは運悪く舌打ちを聞き、びくりと震えながらここにはいない強面の兄の態度を思い出した。



「あの子は人質にはされなかったのか……」

鯉伴は昼にやってきた印象深い少女の姿を探したが、ここにいたらしい形跡は見当たらなかった。最悪、旧鼠が戴いた可能性もあるが、衣服すら発見できなかったのでほとんどありえないだろう。それに、本当に殺したのであれば、他の少女やリクオなどが反応しているはずだ。それがないとすると、やはりあの少女だけが運良く無傷で帰宅できたのだろう。

気がつけば、旧鼠との戦いは決着がついていた。燻る辺りの建物には目もくれず、鯉伴は飄々と息子の元へと向かう。
ちょうど陰陽師の少女と話を終えたらしく、リクオは本家に帰ろうと歩きはじめていた。百鬼夜行が少女たちから完全に姿を消したときになって、鯉伴はようやく畏を解き、息子の頭を撫でた。

「よう。お疲れさん、リクオ」
「……なんでここにいるんだよ」

鯉伴の手を振り払ってこちらを見る。リクオは驚き半分、呆れ半分の顔をしていた。
妖怪の姿になり性格が変わったように見えても、根本は変わらないらしい。父親に向ける態度を見て、鯉伴は愉快な心持ちになった。

「久々の息子の出入りくれぇ見に行きてぇモンだろ?」

いつものように片目を瞑って鯉伴がにやりと口元を上げると、リクオはただ呆れたような様子になった。いまにもため息をつきそうに見えるのは、おそらく気のせいではないだろう。

「過保護すぎんだよ……。あんな鼠くらい余裕だっての」
「ほーう、いつからお前さんはそんなに強くなったのかねぇ。そういうのはオレに勝ってからじゃねぇとなぁ」
「…………」

ふざけたような口調で鯉伴は言う。
反抗心があるのか、リクオはむすっとして父親を睨んだが、結局、なにも言い返すことはなかった。鯉伴が強いことは、息子の贔屓目を抜いても明白であったのだ。

「まっ、成人してねぇのに明鏡止水・桜を使っているのは立派なことだね」
「……じじいの見よう見真似だけどな」
「それでも一発で成功させるなんてねぇ……。さすがはオレの息子だな!」

わしゃわしゃと鯉伴はリクオの頭を撫で回した。リクオは必死で抵抗をするが、いかんせん身長差があるためになかなか逃げられない。そして嫌がるわりには満更でもないような雰囲気を出しているのは、やはり父親から褒められるのが素直に嬉しいからだろう。
氷麗を含めた取り巻きの妖怪たちは、その光景を微笑ましそうに眺めていた。

鯉伴はしばらく息子を弄ってから、ひっそりと鋭い目で辺りを見回した。
この旧鼠には確実にウラがある。そう確信し、まるでここにその首謀者がいるかのように、明るくなりかけている空を仰ぎ、睨みつけた。





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