Galgenhumor | ナノ

そしてまた一歩


いくら妊娠したと聞いていても、やっぱり実際にお腹が大きくなってくると心境は変わってくるものだ。
私は両親(まだそう呼びたくはないけど)のいちゃいちゃっぷりを遠目で眺めながら溜め息をついた。なにが楽しくて、人の睦み合いを見なきゃいけないのか。いくら好きだからって、さすがに廊下でじゃれあうのは止めていただきたい。
どうやら私は本当に運が悪いらしい。たまたまお手洗いから部屋に戻る途中で、確率的に妖怪が少ない廊下を選んだら、こんな場面に遭遇してしまうなんて。これでは遠回りをしなくてはいけなくなってしまった。
なんとかしてあの夫婦に絡まれる前に逃げようと、適当に見つけた廊下の角に曲がろうとしたその時、タイミング悪く二人の声が耳に飛び込んできた。

「――……男の子だといいねぇ。ほら、よく一姫二太郎っていうじゃねぇか」
「あら、今からこんなに元気なんだから、鯉伴さんの希望通り男の子だと思うわよ?」
「へぇ、もう動いているのかい!? まだ五ヶ月なんだろう?」
「そうなのよー。本当にびっくりするくらいこの子は元気だわ」
「それは……将来が楽しみだなぁ」
「えぇ、きっといい子に育つわ。だって、鯉伴さんの子ですもの」
………………。
…………。
……。

嬉しそうに笑う妻と、慈しむように声を掛ける夫。その会話は聞いていて、決して嫌になるようなものじゃない。円満としか言いようのない、幸せな二人だ。これからこの二人の間にいる子供が生まれたら、その幸せはさらに完全なものへとなっていくのだろう。

「……っ」

そうしたら、今度こそ私は捨てられるのだろう。または捨てはしなくても完全に放置するかもしれない。男子と女子。畏の代門を継ぐ者と継がない者。その価値や格差の違いは明確だ。
私は何故だか薄れない、漫画に関する記憶を探った。公式では、確かリクオは九月に生まれるはずだ。そして現在は四月の中旬。つい最近、鯉伴さんと私の誕生日が終わったばかりだった。
つまり私のこの生活も、あと半年もしないうちに終わりを告げることになる。半年なんてあっという間だ。すぐに終わる。
でも、やっと私が望んでいたものになるのに、どうしてこんなに胸が苦しくなるんだろう。
ずり落ちそうになる羽織りを手で押さえながら、私は廊下を頼りない足取りで歩いた。

ずっとこうなるのを願っていたはずなのに。どうして、今さら――。




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