Galgenhumor | ナノ

水面下の呼吸


あれからさらに半年ちょっとが過ぎて、リクオは少し大きくなった。いろんなものに興味を示すようになって、座ることはもちろん、掴まり立ちもできるようになった。最近は鯉伴さんの頬をむにーっとするのが好きらしい。本当に可愛い弟だなぁ。

「あぅー」
「どうしたの、リクオ? なにかあった?」
「だうっ!」

ある日、一緒に部屋で遊んで(という名のお世話)いたら、突然、リクオが庭に向けて手を振り出した。
私がその方向を見ても、何もないただの庭が広がっているだけだ。ただの赤ん坊の気まぐれかと自己完結して、私はまたリクオの玩具を手に取った。
すると同時に、ふわりと後ろに抱き寄せられる感覚が私を襲う。
目を瞑っていたってわかる。こんなことをするのはあの人だけだ。

「お、楽しそうにやってんじゃねぇか。オレも混ぜちゃあくれないかい」
「……はなして、スケベ」

私を膝の上に乗せて、鯉伴さんはにやりと笑っていた。こんなことで明鏡止水を発動させないでほしい。
リクオは私たち二人を見て、パタパタと腕を振る。……というよりこの弟、もしかすると、先ほど明鏡止水をしていた鯉伴さんの存在に気づいていたのではないか。
いや、まさか……そんなはずはないはずだ。鯉伴さんだって腐っても妖怪の二代目総大将。いくら気を抜いていたからといって、こんな赤ん坊に技を見破られるわけがない……と思う。なにしろリクオはこの物語の主人公なのだから、言い切れないのが恐ろしい。

「ん、リクオも遊んでほしいのかい?」
「あうっ!」
「やめなさいリクオ。こんなヘンタイタラシになっちゃだめ」
「ナツメはまたひっでぇことを言うねぇ……」
「だって、じじつだもん」

私の頭を撫でてくる鯉伴さんの手を払いつつ、私はそう言い放った。
“遊び人の鯉さん”と言われていたような人に、こんな純粋な赤ん坊を近づけてはいけない気がする。もし変な影響を受けて、将来、女遊びが激しい子に育ったらどう責任を取るつもりなんだ。あ、だから原作のリクオは天然タラシだったのか……。

「あぅー」
「あ、ウメの花だ……」

また腕を上げるリクオに釣られて、視線を庭のすこし上に向ければ、ちらほらと梅が咲き始めているのが見えた。……もうすぐ春が本格的にやってくる。私はあと何回、このようにのんびりとしながら花を見ることができるのだろうか。
ぼんやりと梅を見続けていたら、突然、鯉伴さんが立ち上がった。

「よし、散歩しようか!」
「えぇー…」

思い立ったが吉日、と言わんばかりの勢いで、鯉伴さんは私の手を掴み、反対の腕でリクオを抱っこしながら引っ張ってきた。あまりの強引さに抵抗する気も失せて、私は鯉伴さんと手を繋いだまま廊下を歩く。

「ちょっくらナツメたちと散歩に行ってくるわ」

鯉伴さんは屋敷のみんなにそう告げる。
普段、鯉伴さんが一人で散歩をするときはフラフラと無言でどこかに行くのだが、このように私たち子供を連れていくときは、わざわざみんなに伝えるようにしているようだった。
きっと、若菜さんを心配させないためにそうしているのだろう。万が一のこともあるし、何が起こるか分からないのがこの世界だ。伝えることで少しでも若菜さんに安心させようとする姿は、なかなかに愛妻家というか、家族想いな人なんじゃないかと思う。……いや、かなりの過大評価かもしれないけれども。
そんなことをつらつらと考えていると、なんだか恥ずかしい気持ちになって、鯉伴さんの手を強く握った。

……やってしまった。不覚だ。鯉伴さんがすごく嬉しそうな顔をしている。振りほどこうにも全然離してくれない。




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