Galgenhumor | ナノ

俯瞰と煽ぎ


「……なぁ、ナツメ。こっちに来てくれねぇかい?」
「…………」
「……ナツメ……ちゃん?」
「……いやっ!」

嫌! と可愛らしい声を上げながら、俺の娘のナツメはぷいっとそっぽを向いた。ご丁寧なことに、無表情なまま眉だけを僅かに不機嫌そうに潜めている。
その仕草すら可愛いと思ってしまうのは、仕方のねぇことだと思う。なにしろ、生まれてこの方、初めてできた自分の子供だ。どんなに生意気だろうが、臆病だろうが、愛してしまうのは当たり前のことじゃないかい。……ま、臆病っていうのは、妖怪任侠においてはちぃと不利かもしれないが、まだ小せぇこの子には関係のない話だろう。

俺の娘……奴良ナツメは今年で二歳になる子供だ。まだまだこんなにちっせぇし、どこを触ってもふにふにしてて柔らかい。めったに抱かせてはくれねぇから、今がどんくらいの重さになったのかはわからねぇ。だが、ちゃんと会話ができるようになってきたし、目に見えて成長が分かるだけに楽しいもんだ。

親っていうモンは誰だって、子供の健やかな成長を願う。
さっきの会話で分かる通りだが、ナツメは幼い頃から臆病な性格をしていた。触ろうとすりゃあ手を叩かれるし、抱こうとするとすぐにどこかへ逃げ出す。端から見たら、それはただの反抗なんだろうが、オレだって伊達に数百年生きてきたわけじゃねぇ。アレは目を見りゃ分かる。ナツメのモンは、相手との距離感が掴めずに、どうしていいか分からず戸惑って、不安になっている目だ。決してオレたちが嫌いだからという理由じゃあねぇ。

今だってそうだ。たまたまオレが縁側に座っていたら、ちょうどそこを歩いていたナツメと鉢合わせした。オレを見てすぐに、ナツメが怯えたような、しまったと言うような顔をしたのをオレは見逃さなかった。
何故ナツメがそんな面をしたかって? そりゃあ、他人との接触が苦手なナツメにしてみたら、ここを通って目的地に最短距離で行くはずだったし、そもそも人(妖)通りが少ねぇからここを選んだはずだ。恐らく、どうしたって他の道を選べないこの子は、予想外の障害だったオレが退くまで、ここから動かずに待つつもりなんだろう。
だから、膠着状態を解こうとしてオレから声を掛けてやったら、さっきの台詞と拒絶だ。これが普通の父親だったら傷つくんだろうが、この可愛さだったらあってねぇようなモンだ。第一、嫌だ嫌だと言うわりには、それを言った相手の反応をわざわざ毎回伺っているんだから、性根は優しい娘なんだ。――ただ単に、最近聞いた言葉で言えば、ツンデレってヤツなだけだろうねぇ。まったく、可愛い娘じゃないかい。

「ほら、別にオレはなんにもしねぇから、普通に後ろを通ればいいじゃねぇか?」
「……セクハラする、もん」
「セクハラぁ?」
「さわったり、なでたり、ちゅうしたり」

ナツメは小さい指を折って、今までオレとしてきた触れ合いを述べていた。というより、そんなモンがセクハラって言えるんなら、ほとんどの親子が疚しい関係にあることになっちまわねぇかい。

「……りはんさんが、いなくなるまで、まつもん」

オレから随分と離れたところで、ナツメはオレと同じように縁側に座った。その顔は、やっぱり無表情に見える。
だが、いつだってそう見られるナツメは、実は結構感情が豊かだと気づいているモンは一体何人いるんだろうか。さっきの不機嫌そうな顔もそうだし、今の顔だってそうだ。絶対にこちらを信じたくない! って目一杯の拒絶をしているようで、いつも後悔するような顔をしてやがる。
これが普段だったら、オレが明鏡止水をしてナツメにそろりと近寄って、後ろから抱きしめたりするんだが、今日はなぜだか二人きりでのんびりと座っていたかった。距離は多少あるが、珍しく同じ空間を所有していたのもあるからだろう。本当に珍しいことだ。
日に当たらないナツメの短い足は、地面に着かずにゆらり、ゆらりと揺れている。時折、こちらをちらちらと伺っちゃあいるが、体勢はまったく変わらず、両手を膝の上に置いて前を向いている。オレはと言えば、いつも通りの格好で、形だけのキセルを銜えて、ナツメと同じく庭を眺めていた。
のんびりとした、平和な時間が流れていく。これが関東を占める総大将とその娘だとは誰も思わねぇだろうなぁ。
オレはキセルを右手に持って、ナツメに顔を向けた。

「というか、いつからナツメはオレのことを名前で呼び出したんだい。もっと普通に、あー、パパとかお父さんでいいんだぜ?」
「……むかしからよんでたから、むり」
「はぁ?」

不可思議な答えが返ってきて思わずキセルを落としそうになった。
昔って、一体いつからの話だ。……いや、よく考えたら、そもそもナツメに呼んでもらえたこと自体が初めてのことかもしれねぇ。
じわじわと歓喜が湧いてくる。きっといま鏡を見たら、ナツメ曰く「いやらしい」笑みを浮かべているんだろう。またオレの顔を見てきたナツメが、戸惑ったような雰囲気になったからな。
……こうなったら、今日のところはアレに決定だ。昼間だろうと関係はねぇ。

「っ!? はなして! やだやだ!」

じたばたと暴れる可愛い娘を肩に担いで、オレは笑いながら居間に向かった。

「――ナツメがオレの名前を初めて呼んでくれたから、いっちょお派手に酒でも飲まねぇかい!」

とりあえず、ここに住む奴らはみんな、ナツメが優しくて臆病な子だって知っている。だからいつか、ナツメとちゃんと話をして触れ合える日が来るのが楽しみなんだぜ?
いつそれに気づくんだろうな、この可愛いお姫さんは。





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