Galgenhumor | ナノ

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布団から出たナツメは、そのまま廊下を歩いて鯉伴の部屋へ向かった。この時間帯ならば、出入りでもない限りは自室にいるはずだ。そんな確信を抱いて、父親の部屋の扉を開ける。

「こんな夜中にどうしたんだい、ナツメ」
「っ!?」

はたして、鯉伴は部屋にいた。ただし、ナツメの背後に立っているという形であった。
びくりと肩を跳ねさせたナツメは居住まいを正し、ゆっくりと振り返った。
その目は、寝起きの子供にしてはあまりにも鋭い。

「ねぇ、お父さん。――もし死ぬ運命だとしても、それに絶対抗いたい?」

静かな部屋に、幼い声がしんと響く。
鯉伴は目を開いた。珍しく自分の娘が「お父さん」と己を呼んでいるのもあるし、その内容にも原因はある。
鯉伴が知る限りでは、大抵ナツメが自分をこう呼ぶときは、真面目な話をしたいときか、悩んでいるときだけだ。本人は意識しているのかいないのか、平常時に催促しても「そんなのを言ったことはない」の一点張り。そのナツメがこんな夜中にいつになく真面目な表情で、しかも生死について問うのだから、鯉伴が驚くのも無理はなかった。
それじゃあまるで、俺がもうすぐ死ぬような言い草じゃあないかい――。
鯉伴の脳裏にそんな考えが浮かんだ。そして、あながちその考えは間違っていない。
ゆっくりと考えるような口調で、鯉伴は幼い娘の疑問に応える。

「まぁ、そうだねぇ……。こんなに可愛い娘がいるんだから、死ねねぇわな」
「うん、そう言うと思った」
「ははっ、ナツメにはお見通しかい。――オレは絶対にナツメたちを遺して消えたりはしねぇから、そんな心配はいらねぇさ。……安心しな」
「……うん」

背の高い鯉伴からは、俯いたナツメの目が不安定に揺れたのは見えなかった。
鯉伴は笑いながら、ナツメの頭を撫でる。
いつの間にかナツメは大きくなった。よく考えたら、最近は無抵抗なままに頭を撫でさせるようにもなったのだ。昔の避けっぷりから考えたら大きな成長には違いない。
こんなに彼女がしおらしいのは、おおかた嫌な夢でも見たからだろう。不安になって、ここに訪れるなんて可愛いものだ。
明日になれば、この娘は何事も無かったかのようにまたツンデレを発揮するのだろうな。そう思うと、今がいい機会だと頭をさらに撫でたくなった。
まだ元気のない娘を見て、鯉伴はふいにいい案が浮かんだ。

「よし、明日はリクオと一緒に出掛けようか」

きっと、たくさん遊んだら忘れられるさ。
鯉伴の言葉に、ナツメは動揺した。しかし、鯉伴はナツメがそうなったことも、理由も知らなかった。

明日、何が起こるかも知らずに父親は笑う。
――幼く、しかし内面は確固たる自我を持つナツメは、顔を上げて真っ直ぐに鯉伴を見上げると、心からの笑顔で頷いた。

「うん、楽しみにするね」





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