Galgenhumor | ナノ

2


「ねぇ、りはんさん」
「ん、なんだい」
「……ううん、なんでもない」

手はなんとか離してもらって、それでも鯉伴さんの横を目的地もなく一緒に歩く。リクオはといえば、ずっと起きていて疲れてしまったのか、鯉伴さんの腕の中ですやすやと安眠中だ。

「…………」

ときおり吹き付ける風で羽織りを揺らしながら、私はじっと前だけを見つめていた。
その視線の先にあるのは梅ではなく――山吹色の景色。漫画で見たことのある、忌まわしい場所だ。
まさか、子供の足で数十分歩いた程度の距離に、ここがあるとは思っていなかった。
初めてみたときは、驚きで一瞬、頭が真っ白になったくらいの衝撃を受けたものだ。
思い起こせば、確かに漫画でも幼児くらいのリクオが遊んでいた場所なのだ。だから、近所にあることくらいは想像できたはずなのに。
でも――でも、この世界で生きてきて、これほどまでに現実を感じさせられたことはなかったのだ。それが、私を動揺させる。

いままでは、どこか舞台装置の上を生きているような感覚があった。漫画で見ていた奴良組の屋敷。よく知る妖怪たち。危険なものはどこにもなく、ただなんとなく生活することを許させる環境。

でも、ここは違う。
私はここが血にまみれることを知っている。舞台でもなんでもなく、近い将来、現実(物語)で悲劇が始まることを覚えている。

――みんなが今、生きている現実。
――私にとって、物語だった未来。

現実はきっと原作に沿って忠実に進み、鯉伴さんを殺して、主人公を一歩前へと歩ませるのだろう。いくらそれに傷付こうが、不幸になろうが、この世界の現実はお構いなしなのだ。

だって、それが未来を決定された、物語の運命なのだから――。

たまたまここに生まれてきた私には、意見を言う余地すらない。
風に煽られた山吹の花弁が私の横を舞い、ゆるやかに通り過ぎていった。

「……おとう、さん」

何故か、口から零れたのは鯉伴さんを呼ぶ言葉だった。
さらに、自分が鯉伴さんの着物を掴もうと手をさ迷わせていたことに気づいて、慌てて自分の着物の袖を握る。

どうせ、この人はほんとうの父親なんかじゃないのに。
ほんとうの父親は私を殺したのに。

繰り返し、そう自分に言い聞かせる。そうでもしなければ、私の中にあるなにかが崩れ落ちてしまいそうだった。
鯉伴さんが私の名前を呼ぶ声も、周りの景色も、まるで遠い場所にあるように感じられる。

――どうして、私はここに生まれたの。

脳内で呟くのは、今まで何回も問い続けた、答えの出ない疑問だった。





×
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -