Galgenhumor | ナノ

不確定未来を想う


あの夜のことは不覚だったと思う。
まさか、私を愛しているだなんて、不意打ちにもほどがある。動揺して泣いてしまった私も私だ。いくらなんでも精神が弱すぎる。……ついでに言えば、かなり今さらな話だけれども、それも総括して今までの私の行動は屋敷にいる妖怪たちに筒抜けだったらしい。当たり前だ。あんなに妖怪だらけなんだから、誰にも生活を見られないほうが難しい。そしてそれを考えられなかった私は、よっぽど自分に集中していたとしか言いようがない。
あれ以来、何回も鯉伴さんは「またお父さんって呼んでくれねぇか」って言ってくる。だけど、私はわざわざその度に毎回拒絶している。あまりのしつこさに、そのうち若菜さんのことをお母さん、ぬらりひょんのことをおじいちゃんって呼び出したくらいだ。鯉伴さんはショックを受けたような顔をしていたけれど、絶対にお父さんだなんて言ってやるもんか。
……本当は、あの言葉のおかけで少しだけ救われたから、悔しいって気持ちもあるんだけれども。それも、あの人に言ってやるつもりは死ぬまでない。

「ねー、リクオー?」

リクオが眠る布団の横で寝そべりながら、私はリクオの頬を突っついた。まだ新生児だから、頬を突けば反射で口を開く。その仕種と柔らかい頬が気持ち良くて、さっきから私は何回もリクオを構っていた。いつ泣くかなと思っていたけれども、さすがは主人公だ。赤ん坊の頃から肝が座っているのか、まったくぐずる様子もなかった。

ごらんのように、なんやかんやで原作通り、私の弟であるリクオは無事に生まれた。公式と同じく誕生日は九月二十三日。あまりにつつがなく物事が進んだために、お母さんの陣痛なんて気がついたら終わっていたようなものだ。本当は本家のみんながまたバタバタしていたけれども、それはいつものことなのでカウントはしない。

「スゥー……」
「……かわいいなぁ」

ついつい頬が緩んでしまう。
本当だったら、この子の存在で私の立場がいろいろと危うくなるのだから、もっと邪険にするべきなのだろう。でも、この小さな赤ちゃんのおかげでまた愛を信じてみようかな、と思えるようになったのだからむしろ感謝をしている。当の本人はただ無防備に寝ているだけだし、あの時だって誕生しただけなんだろうけど、いつかちゃんと会話ができるようになったらお礼を言いたい。
――と、堅苦しいことを抜きにしても、この赤ん坊は私と血の繋がった弟なのだ。前世では姉が一人いただけだから、可愛くて可愛くてたまらない。
あの父親の血を継いでるとは全く思えない安らかな顔で、弟のリクオは眠り続けている。

「……リクオはたいへんだね」

ガコゼに牛鬼に四国に羽衣狐……。たくさんの困難に当たって、そのたびに乗り越える。きっとこれからつらい思いをしたり、死にかけたりするのだろう。ここの世界の主人公なのだから当然だけれども、弟に待ち受けている運命を考えたら、どうにかしてでも助けたくなってしまう。
でも、私はそれに関わることは、恐らくないのだろう。

「ねじまがるから――」

原作を曲げることだけは嫌だった。私の存在一つで、万が一にも人質にされてリクオに深手を負わせたらと考えると、ゾッとするどころの話ではない。下手をしたらリクオが死ぬ可能性もあるのだ。
……そのためにも、物語が本格的に始まるまでに、私は行動を起こす必要がある。

「いつか、でていかなきゃ……」

この世界に愛着があるわけじゃない。でも、嫌いなわけでもなかった。
大切――とでも言えるのだろうか。目の前で生きる小さなこの子供を見て、生まれて初めて愛おしいと思った。絶対に、守り抜きたいと思った。不確定な存在の私でも、何かを成し遂げることを決心したくなった。
馬鹿馬鹿しいと言われたって、本当に本心からそう思ってしまったのだから仕方がない。きっと、主人公の何かの力に当てられてしまったのだろう。そうでなければ、私がこんなことを思うわけがない。――こんな、曖昧な人間不信の私なんかが、大切なものを守りたいだなんて――。
いつの間に力を込めてしまっていたのか、開いた手の平には爪の跡が深く残っていた。

「……しかたない、よね」

赤子のリクオが少しだけ身動きしたのを横目に、私は浅く息を吐いた。





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