∴ 意地っ張り男女

※ホモ×レズです


私は溜め息をついた。もう春だというのに、白い形となって口から出た空気はゆるゆると消えていった。
失恋による傷心で、胸がずきずきと痛む。
叶わない恋だとわかっていても、こうやって馬鹿みたいに何度も夢を見て、幸せな妄想に浸って告白をして、振られる。まったく、つくづく学習能力がない。
いい加減諦めればいいのに。それでも止めることができないのは、一重に女の子たちが大好きだからだった。

私は、世に言うレズビアンというものだ。
簡単に言えば、同性――つまり、女性しか愛せない女性のこと。それは世間的に見たら異常なことなのだろう。なにしろ生存本能に背いているのだから。
でも、そんなことを逆らってまでこの人を愛して、一緒に生きていたい――。そう思えるのは素敵なことなんじゃないか。

手に持っているクラス表をくしゃり、と握り潰す。あの子と同じクラスになれなくて、悲しさのあまり勢いで告白してしまうなんて、あぁ、つくづく私は馬鹿だ。ついさっきまで暖かかった心は、あの子の一言によって痛みを感じるまでに冷えきってしまった。

ごめんなさい、わたし、そういうのはちょっと無理かな――。

思い出したくないのに、ぐるぐると数分前に起きた映像は頭の中を回りつづける。困ったように下げられた眉。つやつやとした綺麗な黒髪。寒さによって赤くなった頬。他にも素敵で魅力的なところはたくさんあって、ぜんぶ、ぜんぶ好きだったのに。どうして振られてしまったんだろう。もしも、あの子の頬がべつの理由で赤くなっていたとしたら、私はもっと期待できたかも知れないのに。
一番あの子を見てきたからこそ、あれは決して嬉しさや恥ずかしさによるものじゃないとわかってしまうなんて――本当に皮肉だった。

気がつけば新しいクラスの前に立っていた。黒板に張り出してあった座席表を見て、自分のものを探す。いち、に、と列を前から数えて、ようやく荷物を机の上に置くことができた。前から4番目、窓際から2番目。なんとも微妙な席だ。後ろ側といえばそうだけれど、ぎりぎり内職ができるかどうかの位置。もっといい席がよかったな、と自分の名字を恨みつつ椅子に座った。冷えた椅子が自分の心と表しているようで、また溜め息が出そうになるのを堪える。今日はいっそ失恋パーティーでも開こうか。
席は微妙だったから、隣の人くらいましだったらいい。欲は言わないからせめて女の子がいい。私はそんな期待を込めて、左を向いた。

「……なんだよ。こっち向くな女子」

男子だった。
見紛うことなく、男子だった。
どう見ても、男子。ズボンだろうがなんだろうが骨格でわかる。柔らかい女の子たちとは正反対の存在。いくら少し華奢だろうと、こいつは男子だった。
機嫌が悪いのか、そいつは顔をしかめてこちらを睨んでくる。それなら私だって機嫌が悪い。2分の1の確率なのに、運悪く隣が男子だなんて。まったく吐き気がするくらい気持ち悪い。

「さいあく……」

ぽつりと呟いたはずなのに、そいつはさらに顔を険悪なものにして舌打ちをしてきた。

「こっちだって最悪だ。なんでこんなレズ女と隣の席にならなきゃいけないんだよ」
「――……は?」

ひゅっと息が漏れる。どうしてこいつは知っているんだ。血の気が一気に引く。指先がぴりぴりと痺れて、自分が動揺していることに気づいた。

「え、なんで知って――」
「あんなところで堂々と告白してたらわかる。……本気だってこともな」

そいつはそれだけ言うと、動揺している私をおいて机に顔を伏せた。
堂々と、告白――? 確かにそうだったかもしれない。正門付近で会話するには、いささかシリアスムードだったかもしれない。でも、どうしてこいつは告白とわかるんだ。会話を聞いていたとしても、女子同士ならよくあるおふざけと思わないのか。
まさか、まさか――。私の脳は、あるひとつのおかしい答えを弾き出した。

「……ホモ、とかじゃ」
「うるさい」

くぐもった声が返ってくる。否定の言葉じゃない。
つまり肯定。こいつはホモ確定。
本当に最悪だ。隣がホモだったなんて。
振られた傷心と共に、嫌悪感までやってきて、本格的に疲れた私は鞄の上に顔を伏せた。あの子からもらったキーホルダーが、ちゃりんと綺麗な音を立てて揺れる。

―――まったく、新学期早々、最悪なことばかりだ。


End.

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