∴ 蒼天に沈む
気がつくと夏油は青い空に向かって落ちていた。あまりに非現実的なものなので、「これは夢なのだな」とすぐに了解できた。
空に向かって落ちているので、仰ぎ見ると地面が見える。ビル街や山々や海がしっかりと頭上にへばりついていた。そして夏油が落ちる方向に目を向けても、そこにはただ青が広がるばかりであった。ところどころに雲があるため空だと判ずることができたが、それがなければ海や青塗りの箱と勘違いしていたかもしれない。なにしろ、この青の底には宇宙が見えず、ひたすらに青々とした闇ばかりが広がっていたからである。
青に落ちる夢に不快な浮遊感はなく、遠ざかる地上やヒュウヒュウと風を切る音、はためく着物などが淡々とこの落下を伝えていた。夏油は、飛行できる呪霊を身から引き出すことすらせず、ただただ落ちゆく現状を受け入れていた。「落ちているのだから、仕方ない」夏油は妙な納得と共に、終わりのない青空をぼんやり眺めていた。抵抗をしたところでどうしようもないことを、確かめるまでもなく夏油は知っていた。
――そうして、その夜の夢は夏油が目醒めるまで、ずっとずっと続いたのだった。
了
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