∴ 暗黙の了解

 のどかな昼下がり。寮の一室に、さりさりと擦れる音が響く。五条はいつものように夏油の部屋に居座り、ベッドの上で胡座をかいて、夏油の購入した漫画雑誌を黙々と読んでいた。夏油のほうも、親友の好き勝手なふるまいに対して特に気にかけることもなく、淡々と己の作業に没頭していた。

「そういやさ」

 ページをめくりながら、五条はふと声を上げた。

「傑って、好きな人いんの」
「なんで」
「いや、なんとなく」

 さりさりと擦れる音は止まず、ううん、とわざとらしく思案する声がふたりの間を漂う。
 しばらくの間。
 話題の打ち切りの気配を感じ取った五条が、雑誌のページをめくる。すると、ようやくの応えがあった。

「悟とか?」
「なんで疑問符つけてるんだよ。適当すぎ。つーか、そういう好きじゃないし」
「へぇ」と夏油は呟く。

 さりさり。

「もっとこう……一緒にいてドキドキする、みたいな? レンアイ的な? そういうヤツのことを言ってんの」
「ふぅん?」と夏油は呟く。

 さりさり。
 音は止まず。しばしの間。
 五条はついに顔を上げ、ベッドを背にして座る、目前の男の後ろ姿をじろりと睨んだ。

「……オマエ、ぜってー意味分かってんだろ」
「どうだろうね」

 淡々とした返答は、しかし突き放すようなものではなく、のんびりとした明るさがあった。

「はーあ! 傑のそういうところ、マジで嫌い!」

 読みかけの雑誌を放り投げ、五条は四肢を広げて仰向けに倒れこむ。成長期の青年の体重を受けたベッドは、枕を揺らしながら軋む音を立てた。

「――それは残念だな」

 擦れる音が止む。
 ようやく振り返った夏油の目には、やんちゃな仔猫をからかうような、どこか楽しげな色が浮かんでいた。

「私は悟のこと、そういう意味で好きなんだけどな」

 黒塗りのメガネの隙間からそれを目にした五条は、口元を釣り上げた。

「へーへー、どーいたしまして。俺もだよ!」

 横たわる五条の身体に影が落ちる。やすりを掛けられ、布で拭われ、短く整えられた夏油の爪の先。それを頬や首筋で感じながら、五条は親友の唇にしっかりと噛みついた。

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