∴ ここどこトリップ
Twitterで流行っていた#ここどこトリップの投稿文章です。
彼女がトリップした世界はどこでしょう?
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冗談みたいな話だが、私はトリップなるものをしてしまったらしい。
トリップ、とは言っても、あの危ない白い粉でキメちゃうトリップのことではなく、異世界に渡ってしまうほうのトリップだ。それは夢小説のなかでは王道といっても過言ではないほどの、大手ジャンルのひとつでもある。私自身、けっこう好きなジャンルだったから、サイト選びでは困ることがなかった。幸せなことである。
で、そのトリップなのだが……困ったことに、自分がいま、どこの世界にいるのか、いまいちよく分からないのである。
ならばなぜ、トリップしたと思っているのか、などと問われたら、それは「トラックに跳ねられたと思ったら、知らない場所で寝ていたからです」という、告げた瞬間に病院まっしぐらな根拠を持っているからだ。
我ながら頭がおかしいんじゃないかとは思うが、目の前に広がる光景は、たしかに私の世界にはありえないものなのだから、そう考えるよりは仕方がなかった。
ここは、どこかの城塞のなからしい。中世ヨーロッパ風の、石で作られている城なかのひとつ。そこの比較的高い位置にある部屋に、私はいた。高さが分かるのは、窓から覗く景色でそう思ったからだ。いまのところ、この窓から見えたのは、青い空と、やたらと大きい鳥、あとは正方形の物体の飛行だけである。わけがわからない。そんなもの、現実的だとはとうてい思えない。
座りこんでいる私の脚から、石特有の冷たく硬い感触が伝わってくる。温度調整をする機器が存在しないのか、はたまたする必要がないのかは知らないが、春の薄着で座りこむにはいささか以上につらい環境だった。しかも、なんだか空気がやけに薄いような気もする。いくら呼吸をしても、「酸素が足りない!」と肺が訴えてくる。
どこかで楽にできる場所はないのだろうか。視線を巡らせると、なんと、天蓋付きのベッドを発見した。ふらふらと重たい足取りで私はそちらに近づき、思い切りダイブした。予想以上に柔らかいそれは、軽い抵抗だけをして私の身体を受け止めてくれた。
もふもふだ。もふもふ。
不安のなかに湧いた、すこしの安心感を糧に、ちらりとベランダのほうに目をやった私は――すぐに凍りついた。
「侵入者か」
そこにいたのは一匹の魚だった。ぎょろりとしたあの独特の目。黒い鱗に覆われた身体。口から覗く大量のギザギザの歯。まるで、体長の長いピラニアみたいだ。
いや、これは魚なのだろうか。すくなくとも私の知る常識的な魚というものは、宙を浮いて静止するものではなかったはずだが。
ひやりと汗が背中を伝うのは、その魚が出すオーラがあまりにも冷たいものだったからだ。圧倒的な存在感、と言ってもいいのかもしれない。なにしろ、こんなにも私は怯えているというのに、彼(たぶん)から一時たりとも目を離すことができないのだから。
「……ちがい、ます。いえ、侵入者なんです、けど……」
舌がもつれて、上手く話せない。
そうこうしているうちに、黒い魚はすーっと地面の上を滑るように移動して近づいてきた。
いま気づいたが、この魚の下には立派なペンタクルが描かれていた。どうやら魚はその上に乗って移動しているらしい。
「この部屋はまもなく、我らが盟主の姫が使用する」
「えっと……はい?」
「貴様は早急に持ち場に戻れ。己の命が惜しくばな」
「あっ、はい」
「こちらも、王並みの存在の力を有する兵を、この時期になるべく欠かせたくはない」
重く淡々とした言葉は、それでもこちらの命を多少は気遣ってくれていることが分かる。
なにがなんだか分からないうちに、話がどんどん進んでいるようだ。殺されなくてよかったと安堵するべきなのやら、知らないことに巻き込まれていることに恐怖するべきなのやら。非常に混乱する一方である。
「わかったならば、行け」
そんな冷たい言葉を残して、黒い魚はペンタクルのなかにずぶずぶと沈んで消えてしまった。
黒いヒレが見えなくなるや否や、同時に、ペンタクルもふっと跡形もなく消失する。
「え……ちょっと……」
なんてことだ。これから私はどうすればいいんだろう。知りもしない世界に適当に放りだされるなんて、とんだハードモード仕様だ。いっそのこと泣いてしまいたい。
おろおろと途方に暮れる私の後ろから、ギィ、という重たいドアの開く音が響いた。
同時に聞こえたのは、低くとも優しげな、男子の声である。
「シャナ、ここが君の部屋だよ……ってあれ? 君は誰だい?」
きょとん、という擬音語が似合う表情で、その男子はこちらを見る。彼の腕にはぐったりとした黒髪の少女が抱きかかえられていた。私の見間違えでなければ、洋服や身体がなにやら赤いもので濡れている気がするのだが。
とりあえず説明をば、と私は慌てて口を動かす。
「私は、あの、黒い浮いた魚の……」
「ああ、デカラビアの部下か。あの堅物の下で働くのは大変そうだね。
で、どうして君はベッドの上にいるんだい?」
「う、……ええと、」
のほほんとした雰囲気が一転し、刺さるような威圧を一心に受ける。
なんと、大人しそうなこの男子は、さきほどの魚以上に重たい存在感を出していた。
悲しいことに、どうやら、私の波乱はまだまだ続くらしい。
言葉につまり、しどろもどろになる私は、心の片隅でいるとも知れない神をただひたすら呪ったのであった。
***
正解は灼眼のシャナの世界でした。ちなみに私はデカラビアさん大好き人間です。言わなくても分かるって? いやだ照れるなぁ。
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