∴ 自尊心と彼女
「泣いて、どうにかなればいいのに」
「泣いたって、どうにもならないよ」
彼女は泣いていなかった。ただなにかを堪えるように顔を歪めて、それでも無表情でいようと必死になっていた。
「子供には人権がないんだって。おかしな話だよね」
「あと、どれくらい自尊心を踏みにじられればいいんだろう」
迷子みたいな気持ちだった。
どこに行けば、どうすればいいのかわからない。
泣きたい。
「懇願しても聞いてくれないんだもの」
「話を逸らされて終わってしまった」
悲しいという言葉が脳内を占める。
助けてほしい。
「わたしの家はおかしい。子供にはプライバシーがない。親の言うことは絶対。自尊心は踏みにじられて当然」
「でも、異常性に気づかなければ幸せだった。異常は異常だと認識することで異常になるんだから」
彼女は頷いた。
涙は一滴もこぼれ落ちなかった。
「泣きたい」
「やめてという主張を聞いてもらいたい」
すべてが無駄だとわかっている。
人は人を変えられない。
変わるのは自分だ。人じゃない。
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