∴ 傘
虚しさが心を占める。
傘から伸ばした手は雨に濡れて、寒さからじんと痺れた。
私は傘の中から街を眺めて、地面に座りこんた。
目の前を通り過ぎてゆく人々を眺める。
風がときどき傘をあおったけれども、私が握る力よりかは弱かった。
目をつぶれば、そこは真白な世界。
どこにもいけない扉があった。
完全なんてどこにもないのに。
普遍的なものと引き換えに、個性を失った彼女は笑った。
これでいいのだ。と。
手を繋ぐには彼女はあまりにも遠かった。
どうすればいいんだろう。
他人と違うことなんて当たり前なことなのに。
それに怯えて走り出した私は、迷子になって泣き出した。
救いという概念なんて、そもそも存在しなかったのに。
彼女の幸せそうな虚構はいつ崩れるんだろうか。
永遠に知らなければよかったのにね。
彼女は笑ってそう言った。
私はただ、傘の中で雨に濡れながら泣きつづけていた。
きっと永遠になおらない。
もう二度と幸せにはなれない。
握りしめた傘は、氷のように冷たかった。
ああ、虚しい。
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