∴ 地を這うウサギ

普通に「結婚をしたい」と言える彼女たちがたまらなく羨ましかった。
幸せな家庭を知っているからこそ、彼女らは恋愛を恐れずに憧れ、家庭を持つことに抵抗がないのだ。デキ婚だなんだと言ってはいるが、結果として誰かと結ばれることができるのは、私にとって、無酸素空間で生きられるウサギと同じくらいに不可解で、ひどく惹かれることだった。
いや、正確には不可解でもなんでもなく、それが普通で、常識なのだ。ウサギが無酸素の環境で生きられるかどうかはともかく、正常な人間なら(とくに女性ならば)、恋や愛には少なからず憧れを抱くはずなのだから。恋愛願望も結婚憧憬もなく、そもそも恋慕にすら消極的な人間、私は、さながら酸素が存在していても生きるのが困難なウサギなのだろう。とうてい幸せな人生なんて望めない。
酸素の中で生きるウサギは無酸素の感覚を知らない。
結婚をしたいと願う彼女たちの思考回路を私は一生かかっても同意できない。
それでもウサギは――臆病な私は、仲間と寄り添っていたいし、信頼関係を築きたかった。とにかく何かの異常をきたして酸素空間でしか生きられなくなってしまった私は、信頼することはおろか、寄り添うことすら不安定になってしまった。自由に移動をすることができず、無酸素空間、つまり宇宙空間で泳ぐ仲間を見上げて憧れることしかできなくなった。
もう二度とあの空間には戻れない――それを知っていてもなお、ウサギはそれを望んでいた。仮にそれを望んでいなかったにせよ、絶対的に羨ましくは思っていた。

でも、羨ましくなんてないと意地を張り、今日もウサギは汚い地面の上を跳ね上がるのだ。

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