∴ 獅郎さんと会話2
わたしが初めて獅郎さんと出会ったのは、7歳の頃だった。
寝たと思えば、知らない場所に移動していて、しかも身体が半透明だったのだから、当然、わたしは大泣きしていた。
たすけて。おかあさん。ここはどこ。
疑問ばかりが渦巻いて、でも口から出るのは泣き声ばかり。泣き止むことすらできずに、ただただ助けを望んでいた。
そのとき、
――どうした、お嬢ちゃん。
突然現れたその人は、わたしの頭を撫でて、優しく声を掛けてくれた。かろうじて知っている住所を告げても、それがここには存在しないことを黙っていてくれた。
優しい人、だった。
わたしがこの世界に来るたびに、獅郎さんのような優しい人が、いつも隣にいたのは幸いだった。もしかすると、最初に出逢ったからこそ、何回も、獅郎さんの隣に行きたいと、無意識のうちに子供のわたしは願っていたのかもしれない。
目つきは悪いし、口調もがさつだったりで、見た目は悪かったけれど、時折混じる優しい言葉だとか、暖かい目を見れば怯える必要なんてなかった。幽霊みたいに曖昧で、不安定だったわたしを、いつもなんやかんやで相手にしてくれたことには感謝をしている。
たとえば朝。まだ日も昇ってない時間にやってきて、困っていたわたしにいつまでも付き合ってくれた。
たとえばある冬。悲しくて辛くて泣いていたわたしの話を、ただ黙って静かに聴いていてくれた。
たとえば夜。静まり返った教会で、二人っきりでたわいもない会話をして過ごしていた。
眠りの時間は常に獅郎さんとの時間だった。寝ることはわたしにとっての特別だった。
あぁ、本当に、大好きな人だったんだ。
「――……しろー、さん」
力が抜ける。膝からガクリと崩れ落ちる。
つい最近、やっと二十歳になれたことを、ささやかながらに祝ってくれたのに。
聖騎士だから最強だって、あの人は笑って、いつも自慢げに言っていたのに。
乾いた笑いが口から出てくる。
「うそつき……ですよ」
周りの騒がしさなんて関係ない。人間たちも悪魔も、わたしを無視して通り過ぎていく。
わたしの姿が見えないからだ。
唯一、わたしを見てくれた、見つけてくれる人はもういない。どんなに泣いたって、叫んだって、「どうした」と低く響く、あの一言が聴こえない。昔、頭を撫でてくれた、温かくて広い手は二度とわたしを触ることはない。
あの優しさは――どこにもない。
「うぁぁああああ――……ッ!」
泣いて泣いて、そのうちに「冗談だ」って、笑いながらひょっこりと現れてくれるかもしれない。わたしは涙を流して泣きながら、ぼんやりとそんな甘い夢を見ていた。
―――――
最初からクライマックスですね
こんな予定ではなかったんです
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