∴ 真実は、小さな洋室にある

※ダ/レ/ン/・/シ/ャ/ン的な吸血鬼設定です


仁王くんは変わりませんね。
そう言って柳生は、仁王の髪を手で梳きながら笑った。姉に染められたと本人が主張している銀色は、引っ掛かることなくさらりと指をすり抜ける。仁王はその行動を拒絶することなく、柳生に言い返した。

「一応、五年に一歳くらいは歳を取っとるよ」
「私からしてみれば、変わらないことに等しいですよ」

柳生がぎゅっと仁王の髪を引っ張れば、ベッドの縁にもたれる仁王は抵抗することなくゆっくりと上を向いた。ベッドに座る柳生と視線が絡む。柳生の脚の間に座る仁王は自らその居場所にいるために、何も言わずにそのまま柳生を見つづけた。
心地好い静けさが柳生の自室に漂う。二人の呼吸音に混じって、壁に掛かっている時計の、規則正しく秒針を刻む音が聴こえてくる。

「いつまでも仁王くんはあのときの姿のままだ。だから、私はいつもあの瞬間を思い出せるんです」

仁王の髪を右手で取る。そして、柳生はまたそれを手で梳き始めた。嬉しそうに語る柳生の顔は、確かに初恋をしている少年のように初々しい。
仁王は思案するように、眉を少し寄せた。

「あの瞬間っていつなんじゃ」
「あなたが、私に告白してきたときのことですよ」

中学三年生に上がる直前の寒い日だった。夕日が照らす帰り道、今のように仁王は顔を少し赤らめて、何故か不機嫌そうな表情をマフラーに埋めていたのだ。まだ幼かった柳生は、それが自分の人生を大きく変えてしまう始まりだとは全く思っていなかった。

「……それ以上言うな」

仁王はふいっと顔を背けた。髪から覗く耳が若干赤い。昔とは違い、どうやら照れているようだった。

「可愛いですね」

クスクスと声を漏らして柳生は笑った。

「うるさい、アホ」

仁王はとうとう自分の頭を弄る柳生の手を振り払った。しかも、またやられないようにわざわざ手首まで掴んでいる。
柳生はそんな仁王の行動を気にすることなく、ニコニコと微笑み続けていた。

「確かに私はアホですよ」

同性で、しかも吸血鬼なんていうまったく違う生き物に恋をして、アホじゃないわけがない。周りから反対されたり、否定的な視線を向けられることもある。第一、共に生きることすら難しいのだから。でも、
――こんな俺と、一緒に生きてくれんか?
不安げに揺れる瞳を、不機嫌そうな顔を作って必死に隠そうとする彼を、振り払うことなんてできるわけがなかった。

「でもね、仁王くん。私はそれでいいんです」
「……?」
「だって、幸せなんですから」

だから、あなたはそんなに不安げにしなくても大丈夫なんですよ。
街を歩けば、親子に見られるくらいに異なってしまった見た目。いくら手を繋いでいても、仲が良いようにしか認識されない容姿。もう外に出たくないと、仁王がぽつりと呟いたのを柳生は聞き逃さなかった。
柳生は自分の手首を掴む指をするりと離し、指を自分のものと絡めた。ぎゅっと痛いほどに繋がる手は、恐らく仁王にとっては力を抜いている方なのだろう。
――俺は、お前のことが好きなんじゃ。
あのときから、少ししか成長していない仁王の頭を撫でる。口元が緩んでしまうのを、柳生は自覚しながらも抑えなかった。
まだ幼い吸血鬼と、とうに成人した人間。これから先もどんどん掛け離れた組み合わせになってしまうだろう。でも、お互いの実際年齢が大して変わらないことを柳生だけは知っている。

「吸血鬼だろうが何だろうが、私は仁王くんと共に生きたいくらいに愛してます。それでいいでしょう?」

仁王の手を強く、強く握る。温かい感触が、確かにここで生きていることを伝えていた。
――あのとき、仁王の手を振り払わなかったのは、自分も彼に惚れきっていたから。それがおかしな恋だろうが何だろうが、全く関係ない。柳生はこの気まぐれな吸血鬼が好きで、ずっと隣にいたい。それだけで充分なのだ。
恥ずかしいまでに直球な告白を受けた仁王は、恐る恐るちらりと柳生を見て、はっきりと赤くさせた顔を隠すようにまた俯き、一言。

「……、柳生のバカ……」

震える声が柳生の耳に届く。気がつけば、柳生は仁王に引かれて、抱き合うような体勢になっていた。
仁王の口が柳生の耳にゆっくりと近づく。

……おれも、やぎゅうをあいしとる。

耳元に直接届けられた告白に柳生は小さく笑う。そして、顔を真っ赤に染めた可愛い恋人に口づけをした。
午後四時二十九分。変わらない真実は、小さな洋室に横たわっている。


仁王、誕生日おめでとう!

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