04

「えぇ! なにそれっ、超おもしろ!」

放課後、仁王たちはいつものショッピング街内にあるカフェに立ち寄った。仁王がなんとなしに先ほどあったことを丸井と切原に話せば、二人は愉快そうにその話を笑った。
上の言葉を言った丸井は、にやにやと意味ありげな笑顔を仁王に向けながら肩を叩く。

「それさ、運命ってヤツかもよー? 二人は前世からの仲だったとか!」
「……ぜんぜん笑えん冗談じゃ」

呆れたように仁王は言う。その髪に結ばれるリボンは、綺麗な桃色を映して揺れていた。

「実は夢の中で一度会っていた……とかさ! 向こうも面識あるかのような素振りだったんでしょ? これはもう宇宙の神秘だね!」
「あーもう、からかわんといてよ文香!」

仁王は必死で丸井を止めようとするが、なんなくそれをかわされて、また笑われた。
切原はその姿を微笑ましそうに傍観していたが、ふいに腕時計を見て表情を変えた。

「……あ、お先に失礼するっス」
「今日も習い事なん?」
「ピアノに日本舞踏に茶道だっけ? 毎日ハードだよなぁ……」

さすがお嬢様、と丸井は呟いた。そう、切原はこの時代にしては珍しい、生粋の英才教育を受ける子女なのだ。彼女曰く、つねに敬語で喋ることも、この学校に通うことも、すべて親の方針で決められているらしい。ずいぶん前に、そんな生活でつらくないのかと仁王は訊いたが、そのときの切原は子犬と呼ばれるに相応しい笑みを浮かべて、「でも、その親のおかげで雅花さんたちのような素敵な方々に会えたんスから、幸せですよ」と答えていた。

「それじゃあ、また明日!」

カフェを出て、切原と別れた仁王たちは彼女のような大した用事がないので、ショッピング街に寄ったついでにとCDショップへ向かった。
丸井は快活そうな見た目とは正反対そうな、クラシック音楽のコーナーへとまっすぐに足を進めていた。仁王は特にクラシックに興味があるわけではないので、丸井の近くにある、著名なアーティストの作品が並ぶ棚で気の向くままにCDを手に取っては眺めていた。
丸井がクラシックのほうに行くのは、ただ単に彼女がそれに興味を持っているからだけではない。それなりの事情があって購入しに行っていることを仁王はささやかながらも知っていたので、それを気遣ったというのもあった。
流行りの音楽が店内を流れる。その平穏は、しかし数分もしないうちに破れることとなった。

“――助けて雅花!”
「……っ!?」

手の中にあるCDを思わず落としそうになる。突然、自分の名前を叫ばれて、さらには助けを求められたのだ。生来から気弱な仁王は心臓を早く鳴らして辺りを見回した。
しかし、仁王の周りにいる者たちは誰も危険な状態には陥っておらず、むしろとつぜん挙動不審になった仁王を怪訝そうな顔でちらりと見るだけだった。
気のせいだったのだろうか。仁王はCDを棚に戻して、首を傾げた。

“――お願い、助けて!”

今度もはっきりと聴こえた。仁王はこれが自分だけに向けられた言葉だということをはっきりと自覚していた。そして同時に、それに従って助けてなくてはいけないような気持ちにも陥っていた。

「……行かなきゃ」
「えっ? あっ、マサ! どこに行くんだよぃ!」

丸井の慌てた声が仁王の背中越しに響く。しかし、仁王は立ち止まることなく、真っすぐに走りだした。

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