03

「柳生ヒロです。よろしくお願いします」

噂の転入生は綺麗な女子だった。
肩に付く程の長さに伸ばされた明るい栗色の髪に、同じ色の鋭い目、背筋は真っすぐに伸びていて、身に纏う空気はピンと張り詰めている。校則通りの丈のスカートから覗く脚はすらりと細く、まるでモデルのような体形をしていた。
クラスメイトたちは彼女の姿を見て、感嘆の声を漏らす。仁王も皆と同じように、ハッと息を吸って、目を見開いた。しかし、その意味は他とは違うものであった。いわゆるそれは驚愕。
そう、彼女は確か――。
仁王の口から、ぽつりと声が漏れた。

「……夢で見た子じゃ」

夢とは違い、彼女の表情は全く変わらなかった。だが、どこから見ても夢に出てきた女の子そっくりだ。仁王は目を擦ったが、やはり、相変わらず彼女は綺麗な姿勢でそこに立っていた。
そして、クラスメイトが見つめるなか、担任が紹介している間も、席に着いたあとも、柳生は愛想笑いもせず、ただじっと正面を向いていた。

休み時間になると、クラスの女子が柳生の机の周りにわらわらと集まった。その目的は、主に好奇心による質問だ。趣味や家族構成から、前の住所や生活、学校についてなど、無神経な質問も多々発せられている。机にまでは来ない、他のクラスメイトたちも、柳生と女子たちとの会話に耳をそばだてているのは明らかだった。それは正直に言えば、あまり心地良いとは言えない空気である。
柳生もそれに嫌気がさしたのか、突然、席を立った。その動作まで美しく、教室は一瞬静まりかえった。
さらりと栗色が揺れる。
柳生の目がこちらを向いた。仁王といえば、数少ない友人たちと教室の端で会話していたが、不意にその視線に気づき、顔を上げた。数秒、栗色の瞳と金色の瞳が交わる。

「仁王雅花、あなたは保健委員ですよね」
「えっ? ……あっ、うん」
「案内してください」

仁王の返事を聞く前に、柳生はすたすたと歩いて、教室を出ていってしまった。廊下でたむろっていた生徒たちも、一体何事かと教室に注目する。
クラスメイトが唖然としている中、仁王は駆け足で彼女の後を追った。机の間を縫うように歩かなければいけないことすらもどかしい。「なにあれ態度悪ーい!」女子の声が後ろから響いて聴こえてきた。柳生さんはなんちゅうことを。ありえんよ。焦りながら仁王は心の中で呟いた。あんなことをすれば、どうなるかもわからないのか。ああ、そういえば、彼女はつい最近まで病院暮らしだった。もしかしたら、世間知らずなのは仕方のないことなのかもしれない。
仁王は唇を浅く噛んだ。

――なぜ他人に対して、私はこんなに考えてしまっているんだろう。

パタパタと上履きを鳴らして走る。
意外にも、栗色の髪の少女にはすぐに追いつくことができた。



硝子張りの渡り廊下を二人で歩く。
転校初日であるはずなのに、柳生の足取りは迷いがなく、まるで保健室の場所を知っているかのようだった。

「…………」
「…………」

お互い無言のため、沈黙が辺りを包む。足音だけがこの広い渡り廊下に反響して聴こえた。ときどき、どこか遠くから、生徒たちの笑い声が響いてきていた。
仁王は柳生の顔を伺いつつ、彼女の半歩後ろをついて行っていた。その光景は端から見れば、どちらが案内しているのかわからない。
そのうち、この空気に耐え切れなくなった仁王は、すこし深呼吸をして口を開いた。

「……あの、柳生さ――」
「仁王雅花」

せっかく仁王が勇気を出して発した声は、柳生に被って消えてしまった。
一体なんなのかと、仁王は怒る気力すらも無くして、柳生の顔を見た。

「この先、何が起ころうとも、『自分を変えよう』とは思わないで。……でなければ、あなたの大切なものを全て失うことになりますよ」

やはり柳生は無表情だった。ただ、彼女の目は、ここではないどこか遠くを見ているようだった。
それを見た仁王ははっと息を飲んだ。彼女は自他共に認めるほどに観察力が高かった。だから、彼女に対して抱いた感想はあながち間違ってはいないはずだ。

「(これは――後悔? すごく悲しい目をしてる……)」

仁王はこくり、と無言で頷いた。
電波のような発言をしているが、彼女の目を見たらそうするしか無かったのだ。または、彼女が発する真剣そうな空気に気圧されたとも言える。
些か吊り目がちな彼女の顔は、一見すると睨んでいるようにしか感じられない。しかしながら、それに親近感を抱いてしまうのは、仁王も軽く吊り目だからなのだろうか。
柳生はその仁王の反応に満足したのか、少しばかり口元を緩ませた。

「それを信じますよ、仁王さん」



無事保健室に柳生を送り、仁王は後ろ手でドアを閉めた。傷一つない綺麗な扉は、音すら立てずに滑らかに動いた。
あとは教室に戻るだけだ。簡単な仕事であるはずなのに、仁王の疲労はこの数分でかなり蓄積されてしまった。早く戻って、友人たちに癒されたい。頭に浮かぶのは、いつもの明るい笑顔たちだった。

それにしても、と仁王は息を吐いた。先ほどから、ずっと心中で渦巻いている疑問が仁王にはあったのだ。
いったいどうして、柳生さんは、私の名前や所属する委員会を知っていたのだろう――?

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