02 無機質な機械音が鳴り響く。 仁王は眼呆け目でその発信源――目覚まし時計に手を伸ばして、止めた。そして、その体勢のままポツリと呟く。 「……夢オチ?」 明るい陽射しが硝子を通して部屋に射しこむ。四月らしい陽気な天気は新学期に相応しく、桃色の花びらを空に舞わせながら綺麗な青空を見せていた。 「マサおっはよー!」 「ああ、おはようさん」 “マサ”こと仁王雅花は銀色の髪を揺らして挨拶の主へと顔を向ける。それと共に髪を結ぶ桃色のリボンがゆらりと揺れた。 仁王に挨拶をした主は、彼女が振り返るやいなや、すかさず彼女に抱きつく。とたんに仁王の視界は鮮やかな赤色一色に染められた。 「ブ、ブンちゃん……。苦しいんじゃが……」 仁王が苦しそうに声を漏らせば、抱きついてきた人間――丸井文香はあどけない笑顔を仁王に向けて、体の距離を少し空けた。しかし彼女の身体に絡む腕は外さない。 「えぇー、マサが可愛いのがイケナイんだろぃ? にしても今日のリボンは気合い入ってるなー!」 「……え、変じゃなか?」 仁王はおどおどと気弱そうに俯きながら丸井に聞く。太陽の光を反射して煌めく銀色の髪に、淡い桃色のリボンはとてもよく映えていた。 仁王は自信なく言うが、実際は誇ってもよいほどに可愛らしい容姿をしていた。現に先日、彼女について男子たちが興奮気味に会話しているのを丸井ははっきりと聴いていたのだ。 「いーや、似合ってるぜぃ」 丸井は笑いながら、仁王の背中をぽんと叩く。仁王は困ったように眉を潜めつつも、口元はどこか嬉しそうにはにかんでいた。 仁王たちが通う学校はかなり著名なデザイナーが設計していた。そのため、壁が全面ガラス張りだったり、床に収納できる机が設置されていたりなど、あちこちで芸術的な物を目にすることができた。実用的かどうかは些か疑問を抱くが、その美しい外装に惹かれて入学する者も少なくない。 「ねぇ、知ってる? 今日転入生が来るんだってー」 「え、そうなの!?」 教室に入るなり、生徒たちはそんな会話を繰り広げていた。仁王の後ろからワンテンポ遅れてきた丸井も、その会話を聞き、目を開いた。 「……なぁ、マサは知ってた?」 「おん。昨日センセーから転入生のことを説明されたナリ」 「えっ? なんでマサに?」 「なんでも身体が弱いらしいから、頼まれたんじゃ。ウチは保健委員じゃろ?」 「なるほどなぁ。……って、なんで教えてくれなかったんだよぃ!」 「――……えへ?」 雅花てめー絶対に忘れてただろぃ! という丸井の言葉を背景に、仁王はもう一人の友人の元へ向かった。 「おはよう、茜ちゃん」 「おはようっス、雅花さん!」 明るい笑顔で仁王に挨拶を返す少女、切原茜。何故か同学年にも敬語を使い、ころころとよく変わる表情や人懐っこい性格から『子犬ちゃん』と上級生から呼ばれ、可愛いがられていた。 仁王はいつものように切原の頭を撫でてふわりと笑う。 「今日も茜ちゃんはかわええのー」 「そんなことないっすよー。雅花さんも可愛いっす」 「ん、ありがとさん」 「お前らなぁー……!」 丸井がいらついた声を出すが、本気でないことはみな分かっていた。切原もそれを理解していて、丸井の頭に手を伸ばす。 「はい、文香サンもいい子いい子ー」と撫でて、もう片方の手で頬っぺたをつつく。必死で丸井は抵抗するが切原の素早さには勝てず、結局されるがままに弄り倒されていた。 「や、やめろ……って言ってんだろぃ茜!」 「ふふふーやめませんわヨ、文香さん」 「……ふふっ」 仁王はそれを見て小さく笑みを洩らした。 いつも通りの光景。平和な日常。何も不安なんてなくて、不満を抱くのは毎日出される宿題くらいだろうか。 女子中学生らしい、ありきたりな生活を当たり前のように送っていた。これからも、そんな未来がずっと続くと思っていた。 だけど、そんなことはありえるはすがなかったんだ。 ―――歯車が軋み始めた音を、私はどこかで聴いた気がした。 |