45-5
幽霊の存在を絶対的に信じていないわけではなかった。
ただ、今まで生きていたなかで目視した経験がなかったために、信じていなかったのだ。
「なんだよ、これ……」
最初はビニール袋を透かして覗いたかのように淡く、ぼんやりとしたモノだった。しかし、日々を重ねるごとに、薄皮を一枚一枚じっくりと剥がすように、切原の視界の中で、それはハッキリとした色彩と輪郭を持って動くようになった。
「う、ぁ……っ」
切原はとうとう仁王に呪われたと思った。見殺しにした呪いがじわじわと切原自身を蝕み、自分と同じ道を歩ませようと手をこまねいているかのように思われた。あらゆるところで血に塗れた幽霊たちと出会うたびに、そちら側に引きずり込まれるような衝動に襲われた。
とある日の真夜中。夜な夜な訪れる吐き気に疲れはてた切原は、ベッドに身体を預けながらぼんやりと宙を眺めていた。
――いっそ、狂ってしまおうか。
罰を受ける嬉しさはあったが、それでもやはり辛かった。身勝手なことだが、切原は別の解放を考えるようになった。
死ぬことは恐ろしかった。だから切原はそのようなことを考えた。しかし、逃避をするための一番楽なそれを考えると、いつも脳裏に幸村の姿がちらついた。
狂気的。病的な、痛々しい姿に変わりはててしまった幸村。かつてはその肩に常勝を掲げて、凛々しく立っていたというのに、今はその面影すら見受けられない。
尊敬していたかつての目標の無惨なそれは、切原を絶望に落とすと同時に、ギリギリのところで僅かに引き止めていた。
それを幸運と呼ぶべきか、不幸と呼ぶべきなのかはわからない。
ただ、切原はそれのおかげで、現実からの逃避を踏み止まった。
変わり果てた視界で、切原はありもしない妄想に贖罪を捧げる。
それは、自身が救われるための自己満足にしか過ぎないのだ。
意味のない仮想に、切原は今日も救われていた。
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