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「――で、問題はあの生徒たちだな」

一息ついてから、ルキアはお気に入りだと思われる紙パックの飲み物を片手に、真面目な顔つきになった。“いちごみるく”という、なんとも気の抜けるロゴを目にしつつ、仁王はその話題に乗る。

「じゃな。知らん間に悪モン扱いされて……ええ迷惑ぜよ」
「ああ。雅治が親しくもない女生徒を襲うわけがない。というより、普段から品行方正な輩を、なにをどう間違えればすぐに疑えるのだ。常識的に考えればありえないぞ」
「……あながちそんなもんでもなか。噂で人間はすぐ流されるもんじゃき。とくに普段から真面目な奴が悪事を働いたっちゅう噂なんて、喜々として人間は広めるからのぅ」

例えば、成績優秀な男性が痴漢をしたという噂があり、それを知った人がいたとする。するとたいていの場合、その人間は驚きと嘲りを含めて、周りに広めようとするだろう。さらにそれを聞いた人間も、面白半分にまた別の人間に話し、挙句には鼠算のように噂は広がってしまうはずだ。
結局のところ、真偽の定かよりも、素晴らしい人間が地に堕ちることが彼らにとっては甘い蜜なのだ。ただ悪評を流しただけで、罪に問われないあたりがじつに憎たらしい。

「まぁ、それにしちゃあ、少し異様な空気だったがの」

まるで親の敵のように、一方的に始まった報復という名の虐め。いや、虐めという言葉は、子供が人を傷つける行為を生温く隠す免罪符のようなものにすぎない。正確には犯罪の一歩手前、または犯罪行為そのものだろう。幸い、まだ手は出されていないものの、あの雰囲気ではそれがいつ始まってもおかしくはなかった。なにしろあのクラスメイトたちは、知り合ってまだ数日しか経ってない女子をまるで宗教家のように盲信しているのだから。昼休みまでの間に直接攻撃をされなかったのは、逆に奇跡的なことなのかもしれない。
ルキアは険しい表情ながらも、いちごミルクを美味しそうに啜る。

「しかし現世の餓鬼共が、まさかここまで腑抜けた奴ばかりだとは思ってもみなかった。……呆れたな」
「そりゃあ高三と言えども、まだまだ子供ぜよ。ルキアと同じレベルを求めるほうがおかしいナリ」
「そういう貴様だって、彼奴らと同じ歳だろう?」
「あー……俺は論外じゃ論外」

手を否定するようにひらひらと振って、仁王は持ってきた荷物の中から昼食が入っているビニール袋を取り出した。中身はごく普通に大量生産されている、市販のカレーパンだ。
ルキアも深くは追求する気がないのか、そのまま大人しく飲み物を口にしていた。まさかその清飲料水だけで昼を乗り切るつもりなのかと、仁王は疑わしげな視線を向ける。いくら女性といえども、それだけで足りるわけがない。仁王が知る限りでは、一時期、熱狂的にダイエットをしていた姉でさえ、いちごオレのみを昼食にしようとはしなかったのだから。

「解決できるのならばしたいな」
「え?」
「この問題だよ。いくら人間の仕業と言えども、私とて友人が理不尽に攻撃されるのをのうのうと眺めていられるほど無情ではない」

ぎり、と力を加えられた紙パックがへこむ。

「……元凶でもさっさと潰すんか?」
「たわけ。死神がそんなことをできるか」

基本的に死神は現世の人間と関わりを持つことをよしとされない。それがいくら正当防衛とはいえ、調律者が調律対象を傷つけるとはいかほどかということになるのだ。
仁王の提案をばっさりとルキアは切り捨てる。そこではじめて仁王は年相応な、不満げな表情でパンに齧りついた。一口でカレーに辿りつけなかったことで、微妙にその苛立ちが増す。

「だったらどうするんじゃ。解決をするんに、まさか攻撃を受けっぱなしっちゅうわけにもいかんじゃろ」

仁王の言い分はもっともだ。いまはまだ大人しいが、このまま放置すれば過激化するのは目に見えていた。いくら仁王が死神といえども、暴力を振られたら無傷で済むわけがない。
しかし、ルキアは屹然とした態度で応答する。

「様子見をするしかなかろう。現代の虐めは、虐めを受けた者がそうだと感じたら虐めになるらしいが、そうは言っても警察や学校などはなかなか認めないらしいではないか。ならば、できるかぎり証拠を作っておかなくてはな。……あわよくば暴行罪や傷害罪で訴えられればいいのだが……」
「おまんは俺を傷つけたいんか、守りたいんか、はっきりしんしゃい」

仁王はじと目でルキアを見る。
ちなみに、法律上の暴行罪には未遂という概念がなく、恐怖を与えられただけでも十分訴えることができうる罪なのだ。――もちろん、二十歳未満の人間は最悪でも無期懲役か少年院行き止まりなのだが。ルキアの微妙に豊富で、微妙に誤った知識を訂正する者はここにはいなかった。そもそも、それ以前に、死神が人間を訴えられるのかという難しい問題が浮上するが、両者ともその問題を認識していなかった。
仁王からの突っ込みを受けたルキアは、不思議そうな顔で「もしものときには死神化すればいいだろう?」と言い放つ。

「まぁ……そうじゃけど」

なんだか反則技を使っているような気がする、と仁王はひとりごちりながらパンを口に運ぶ。

「それに、義骸が壊れたときは浦原にでも安く作らせておけばよいのだ」
「……へぇ」

さも当然のように使われる予定の浦原に、仁王は心中で合掌した。だが、仁王はかつて浦原がルキアをいいように使っていた過去を知らないのである。積極的に話すような内容でもないから、恐らくこれからも仁王が知ることはないだろう。
思考回路が貴族寄りになりつつあるこの友人の将来を若干心配しながら、仁王はたいして辛くもない量産型カレーパンにまた齧りついた。


人生に香辛料を振りかける(Life with spice)

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