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五月十日。渡環の転入騒ぎの翌日。
真面目なキャラクター、古佐直としていつも通り早めに学校に登校し、なんとなしに横を向いた仁王は硬直した。

「あら、ごきげんよう、ま……古佐さん」

妙に間延びしたごきげんようだなとか、名前を間違えるのは如何なものかとか、言いたいことはあったが、一番には演技を忘れなかった自分に拍手を送りたい。仁王は突っ込みたい衝動を堪えながらそう思った。
いったい誰がこの展開を想像できただろうか。まさか、この人がやってくるとは。

「(昨日の浦原さんが言うとった誰かサンって、こいつのことなんかい……)
 ……おはよう、朽木さん。俺、いま君にとても話したいことが山のように降ってきたんだけど、ちょっと時間を頂いてもいいかな?」
「えぇ、もちろんですわ。よろこんで」

彼女が頷くや否や、仁王は躊躇いもなくその腕を掴んで歩き出した。教室に人が少ないことが幸いである。真面目な古佐直と女生徒の逢い引きする姿だと取られたら、どんな噂をされたものか。たまったものではない。



「……で、なんの用なのかな?」
「貴様、その胡散臭い笑顔と口調をやめろ。気持ち悪いぞ」
「おまんに言われたくなか」

霊圧を探り、人影が見当たらない場所に着くな否や、仁王が呆れたように言う。このように言葉を交わすのは、ずいぶん久々なように感じられた。
ルキアは仁王の突っ込みをよそに腕を組み、自分の友人を上から下まで興味深そうにじろじろと眺めた。

「……なんじゃ」
「いや、その格好で方言とはな……」
「さっきから失礼じゃの。結局どっちも批判するんかい」
「なんだろうな、雅治が黒髪というのはこうも――」
「似合わんじゃろ」
「逆だ。似合いすぎてて怖いぞ」
「……はぁ。ありがとさん」

すぱっと思ったことを言うのが朽木ルキアの長所だ。天然というよりかは素直な彼女の性格は、どちらかといえば内向的で秘密主義な仁王とは対照的である。しかしながら仁王は、彼女のこの性格が少なからず好きだった。
陰口は叩かずに遠慮なく、しかし礼節は忘れず。ともするとそれは貴族らしいと評価されがちだが、実際は、彼女本来のものなのだろう。
そのことを他の死神たちも早く気づけばいいのにな。黒崎がなんとなしに呟いたその言葉を、仁王は全面的に同意した。

「しっかし副隊長の派遣とは……、なかなかに豪勢なもんやの」
「仕方がなかろう。この状況では副隊長以上の者でなくてはこなせないと、上が判断したのだからな」

巨大虚などを楽々と倒せる平隊員がいたら、逆に末恐ろしい話である。
そう考えた仁王も、八席という立場でいえば平隊員に近いものなのだが。

「やっぱり、そんなに異常なんか?」
「異常なんてものではないぞ。空座町でもここまでの大量発生はしないからな」
「なるほど」

昨日の浦原も言っていたが、あの空座町と比べられたらその異常性がよくわかる。実際に空座町に赴いた経験がないために詳しくは知らないが、あの重要霊地と同等以上の扱いを受けるのはただ事ではないだろう。

「それで、何か心当たりはないか?」
「……ないぜよ」

これも昨日と同じ質問だ。何らかの意図があるのだろうかとルキアを見たが、彼女の目はいたって純粋そうな輝きを宿していた。
ずっとそれを直視していると、だんだん罪悪感が湧いてきて口を滑らせそうになる。昨日の知人ならともかく、世話になった友人にまで嘘をつくことは躊躇い以上のものを仁王に抱かせた。
しかし、とそれでも仁王は頑なに呟く。自分の人間関係のいざこざに、大切な友人を巻き込ませたくはないのだ。正体不明の人間を友人に近づけようとするほど、仁王は愚かでもなければ悪人でもない。むしろ優しすぎると評価される人間なのだから、どうしてそれができようか。
ルキアは仁王の顔をじっと見つめていたが、何事もなかったかのようにふっと逸らし、普段の調子を出しはじめる。

「何はともあれ、雅治と同じ学舎で学べるのは貴重なことだからな! 楽しむぞ!」
「……えらいハイテンションじゃの」

そうぼやきつつも、仁王はやれやれと笑いながら、ルキアが突き出した拳に自分の拳を当てた。



某所、某少女の独白より。

あのあと しんだ わたし は いきていた。
ほんとう は いきてなんかいない。死 が わたし を つつんでいるだけ。
でも わたし は いきていた。

「興味がない」

わたし が 死のうが 生きようが。
だって わたし は 存在しないから。

死んだことを わすれていた わたし。
おちて たべられてしまった わたし。

「今度こそ、成功してみせる」

おなかがすいたんだ。
おいしいものを たくさん食べたいんだ。
そのためだったら、
なんだって。

だから、

――送信しました――

これはわたしからの挑戦状なの。


めぐりめぐって二週目に

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