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私のクラスには普通じゃない人が二人いる。……いや、変わった人が二人いる、と言ったほうが正しい。
だからって別に変人だとか奇人だとか、そんな意味で変わっているって言いたいわけじゃない。ただ純粋に、本当に不思議で変わった人がいる、というだけの話なのだ。

一人目は一見不良な丸井くん。
赤い髪にガム、口調からしてただの不良。でもクラスでは大人しいほうだし、少しやんちゃがしたかった恥ずかしがり屋なのかな、なんてつい最近まで思っていた。
それが突然、数日前から丸井くんは変わった。
よくお菓子を食べるのは以前のままだけれども、みんなと笑い合ったり、ふざけたりしている姿を見せるようになった。授業中もお喋りをして、先生に注意されるくらいかなり騒がしい。
でも、一緒にいる友達の数からして、なんとなくこれが本来の丸井くんなんじゃないかな、と勝手に思っている。本人に確認を取る気は一切ないので真偽のほどはわからないけど、丸井くんが幸せそうに笑うからそれでいいよね。

二人目は表も裏も優等生な古佐くん。
こっちは丸井くんとは対称的に、黒髪に真面目に優しい口調と、どこから見てもただの優等生だ。つい先日も女子に手助けをしていたし、先生たちにだっていつも人気。校内人気ランキングを採ったら、きっと確実に上位五位以内には入ると思う。
……そんな古佐くんはもういっそ気持ち悪いくらいに完璧だ。というか、浮かべている笑みが怖い。違和感しかない。
友達にそれを言ったら、「えーっ、アンタ大丈夫?」とこちらの心配をされてしまった。でも、本当に古佐くんの行動や身振りには違和感しかなかった。
それが、こちらも最近は少し変わった。
なんというか、古佐くん独特の空気が流れるようになった、と言うべきなんだろうか。ちょっとだけ、古佐くんは以前よりも気を抜くようになった。
たとえば背筋。
新学期当初の頃はピンと伸びていた背筋が、ふとしたときに緩んでいた。授業中のプリントを配る時間だとか、上履きに履き替えるときだとかの一瞬。だけれども、以前だったら絶対に見られなかったはずの一瞬。写真に撮りたいくらいのレアシーンをよくこんなに目撃できたなと、我ながら驚いた。
ちなみに一番衝撃的だった目撃は、古佐くんが欠伸をしていたところだ。人間だからその機能は付いていて当たり前なんだろうけど、まさか人前でするとは思ってなかった。だって、あの古佐くんなのだから。

そんな変わった二人だけれども、クラスでの接点は全くない。席が遠いわけじゃないけれど、共通するものが何一つないから、交流するきっかけが全くないのだ。
べつに、変わった者同士が交流したらどうなるんだろう、なんていう興味本意だけでこんなことを考えているわけじゃない。ただ、この二人が会話をすれば、たぶん気が合うはずだなぁと勘が告げているのだ。
そう、これはただの勘。
……でも、たかが勘だと侮ることなかれ。私の勘はけっこう当たる。テストの記号問題で、約九割当たるくらいの精度なのだから。



毎日そうやって好き勝手あれこれ考えていたら、ある日、本当に丸井くんと古佐くんが話し合う機会ができた。私がセッティングしたわけではなく、授業内のちょっとしたディベートがあったのだ。

「……だから、これは近年よくある○○の――」

班員は私を入れて五人。古佐くんはいつも通り、真面目な態度で議論をしている。対照的に、丸井くんは随分とだらけた格好だ。私立だから校則は厳しいはずなのに、どこからその漫画を持ってきたのだろう。というか、一応聞いたふりでもいいから、丸井くんにはちょっとはまともな姿勢になってほしい。
真面目な古佐くんのことだから、こういうだらけた人間は嫌いなのかと思っていたけれど、彼はまったく気にせずに話し続けていた。もしかしたら気にする価値もないとか……考えているのかもしれない。
それを考えると、なんだか古佐くんの優しい笑みが一気に恐ろしいものに変わって見えてきた。

「――だから、あの考えはこういう観点で見たのではないかと思うんだけど、」
「はいはーい、異議アリ。んでもよ、古佐。これってある国ではこーいう見解もあるんだぜぃ?」

突然、これを言ったのは丸井くんだ。
古佐くんの完璧そうな考えで話が纏まりそうだと班のみんなが思いかけていたところで、予想外なことに、この授業を適当にやり過ごすのだと思っていた丸井くんが、古佐くんの言葉に口出しをして意見を述べてきた。
驚いたのは私だけじゃない。あの古佐くんも、目を少しだけ大きく開いていた。

「……意外だなぁ」

結局、あのあと古佐くんと丸井くんの意見がいい感じに合わさったものを私が書いて、班の意見として提出した。
ずっと願っていたのに、あの二人が普通に話し合っている姿は私が思い描いていたものと少しだけ違った。
気が合う、には合っていたけれども。私が想像していたのは、もっと、こう……なんというか、

「わかんないや……」

帰宅した私は、力無く自分のベッドに凭れ掛かかった。洗濯されたばかりの布団からいい香りが舞う。その匂いを感じながら、私はぼんやりと目を閉じた。
相性がいい気がしたんだけど。気のせいだったのかな。確信があっただけに、どうしてもあの結果に納得できない。
……きっと、一割の、ハズレのほうの勘だったんだろう。でも、なんだかなぁ……。
意地を張ってうだうだと落ち込む自分に、無理矢理踏ん切りをつけて、上半身を起こした。

「……よし」

出掛けよう。アイスが食べたくなった。



会計を済ませて、コンビニを出る。夕方のわりにまだ高い日が、もう春だということを告げていた。軽装だから、時折吹きつけてくる風が気持ちいい。
ビニール袋を鳴らして道を歩く。そのときふと、聞き慣れた声が耳に届いた。

――オォオオオ、ン。

例えるなら、車のエンジン音と獣の唸りを足して二で割ったような感じの声だ。上を見上げればやっぱり、そこには不可思議な生き物が空を裂いて飛んでいた。

「……なんなんだろう、あれ」

鳥とも言い難いし、だからといって竜のような高貴さの欠片もない。どう見ても怪物としか形容できない生き物だ。
ぼんやりと見上げ続けていたら、突然、その横で銀が輝いた。
疑問に思う間もなく、直後によくわからない生き物Xが消える。オオンなんていう、断末魔らしい叫びが空に響き渡った。でも、そんなものは私にはどうでもよかった。

「――……あ、」

電撃が脳内を走る。今までにない強い直感が全身を駆け、火花を散らしながら叫ぶ。
――あれだ。あれが丸井くんと古佐くんとの繋がりだ。
根拠なんてまったくない。あの銀色だって目の錯覚かもしれない。それでも、『あの輝きこそが繋がりだ』と確信できた。
あまりのことに、私はしばらくの間、同じ場所で立ち尽くしていた。手の力が抜けて、地面にコンビニの袋が地面に落ちようが、その中にあるアイスが溶けようが一向に構わなかった。
ただ、この高揚感だけを、いまは味わっていたかったのだ。

……明日、もし古佐くんにこの話をしたら、どんな反応をするのだろう。
予想がまったくできなくて、何故だかそれがとても面白く感じられた。


不思議で片隅な女子の話

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