宿命論と不可逃避

――俺の責任でもあるから、お前は無理に自分を責める必要性はない。
だから、せめて幸せになってくれ。

そんな無責任なことを、言えるはずがなかった。

仁王宏治は、既に空席となった椅子を眺めながら、グラスの酒を口に入れた。かつてそれは、仁王宏治自身が実の父親から言われた言葉だ。不思議な言動をする、幼く、まだ何もわかっていない息子に対して、父親はどんな思いでその言葉を紡いだのだろうか。
あの時、自分を抱きしめる父の肩が、微かに震えていたことをはっきりと覚えている。きょとんとして、幼い声で父親を呼んだ自分は、どんなに純粋だったことだろうか。
すまんな、と繰り返して謝る父の言葉の意味を明確に理解したのは、それから随分と先のことであった。

これは異常な血筋だと、ある意味で呪いのようなものなのだと、仁王宏治は、幽霊に向かって笑いかける我が子たちを見ながらそう思った。後々知ったことだが、仁王家は代々、高い霊力を持って生まれてしまうらしい。
初めて血の繋がった子供を抱いたとき、その命の重みに、どうしようもない嬉しさと、悲しさを感じたのを覚えている。――それでもこの子だけは、自分とは違う、普通の人間として人生を歩んで欲しい。幽霊なんていうものを知らず、白い目で見られることなく生きて欲しかった。
だがそんな願いも虚しく、子供たち全員が、普通以上の霊力を持って生まれてしまった。ただ一人、霊力を持たない妻は、居もしない相手に話し掛ける子供たちを、周りから嫌な視線を向けられながらも、優しく育てていてくれた。

原因はこの自分にある。元凶はこの血にある。だからいっそ俺を責めてくれと、仁王宏治は何度も叫ぼうとした。でも、その考えをいざ実行しようとすると、途端に子供たちの冷たい視線を想像してしまうのだ。
毎晩夢に見る、子供たちの冷たい視線。口々に子供たちは、仁王宏治を責め立てた。
お前のせいで、私たちはこんなに苦労しなくちゃいけなくなったんだ。お前が悪いんだ。霊力なんて意味のない力を与えた、お前さえいなければ。お前が元凶なんだ。お前が生まれなければよかったんだ。あぁ、私たちはお前が憎い――。
精神がおかしくなりそうだった。だから、とうとう逃げ出したのだ。大切な家族を残して、ただ一人、東京に。

仁王宏治自身は、己の霊力も、幽霊自体も、全く嫌いではなかった。かつて調律者と呼ばれる者の仕事を手伝ったこともあるのだ。ついでに言えば、その者とは親しい間柄になるまでに関係を築き上げていた。
そして東京で一人、現実から目を背けようと、溺れるように仕事に沈んでいたある日。ふとしたことが偶然で、仁王宏治はその『死神』に、久々に出会うことができたのだった。

――お前は明るく笑うくせに、いやに寂しい目をするようになったな。

昔となんら変わらない姿で現れて、そう言ってきた友人。なぜこんなところに居るのかと問いただしても、のらりくらりと躱されて、気がつけば彼の自宅に上がることになっていた。今と同じように静かな夜中、机を挟んで共に酒を飲みながら、友人はしごく明るい調子でこう言ったのだ。

俺が協力してやる、だからそんなに思い悩むなよ、と。

グラスを銃のようにこちらに突き付けて、不敵な笑みを浮かべながら。

それから友人には色々と世話になった。幽霊などの霊的なモノが現れにくい土地を探し出してくれたり、子供の分のお守りまで予備として作ってくれた。
そして仁王宏治は友人が見つけてくれた土地をなんとか買い取って、そこに家を建てた。建築家として、自分の家をデザインして建てること以上の喜びはない。家族と暮らしやすそうな快適さ、なおかつ芸術的に美しく。そうして建てられた家は充分満足の行くものとなった。長年の夢が叶ったと、仁王宏治はその夜友人と飲み明かしたものだ。

それからようやくその家に家族を呼んで再び一緒に住めるようになったのは、仁王宏治が地元を出てから約6年間ぶりのことだった。
久々に抱いた子供たちの重さに驚き、明るい笑顔に釣られて仁王宏治も嬉しさから笑った。
霊力なんて関係なく暮らせるんだ。やっと、心から幸せだ――そう言えるようになったと思えたのに。

息子の訃報に心を凍らせて、それが虚の仕業でなかったとわかって、安堵すると共に後悔して、調律者となって帰ってきた息子を前に、一瞬、戸惑った。
三年前となにも変わらない姿でこちらを見上げてきた息子の姿を目にしたとき、結局、悪いのは霊力でもなんでもなく、自分の存在だったのだと思い知った。

月明かりの下、寒いリビングでただ一人、謝るのは俺のほうだと父親が泣いたことを、死神の息子は知るよしもなかった。


反実仮想を夢に見る

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