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「ほれ、俺が相手になってやるぜよ。倒してみんしゃい……!」

独特の口調で話し、不敵に笑うその姿は、まさに彼らがよく知る仁王そのものだった。
切原たちは呆然としてそれを見つめていた。目の前で繰り広げられる急展開に、ただただ呆然とすることしかできない。
彼らの視線を受けている仁王は、黒い着物を身に纏い、手に持つ刀で怪物に切り掛かっていた。動くたびに、彼の銀色の髪がさらりと綺麗に揺れる。

「生意気な餓鬼が!」

怪物が鉤爪を振りかざす。
あぶない、と切原が言う前に、仁王はフッと息を吐いて、横に回転しながらそれを避けた。それと共に刀を突き出すが、怪物がありえない速さで仁王の背後に回ったために虚空を切る。
仁王はそれに動揺を見せることなく、片足で怪物の身体を蹴りつけることで後ろに少し下がり、怪物同様の速さで一秒もしない間にこちらまでやってきた。

息をつく暇もない。
普通の人間ならありえないことが、次々と目の前で繰り広げられていた。運動能力が高い切原たちですら、人外同士の戦いにしか見えなかった。
仁王の刀が、シャンと綺麗な音を立てる。
一体どこから出ているのか。などという疑問は、非常識に飲まれて思考が鈍っている切原たちの頭にはまったく浮かばなかった。
当然と言えば当然だ。死んだはずの仁王が現れているだけでも充分なまでに異常であるのに、それに加えて、おかしいくらいの身体能力を身につけて、奇妙な生き物と戦っているのだ。混乱しないわけがなかった。

「身内に手を出しやがったし、もうちっといたぶってから殺りたいんじゃが……。生憎、人が多いからのぅ……さっさと終わらせてやるナリ」

シャリン。
また綺麗な音が鳴る。それはまるで氷のように透明で、鋭く冷たい響きを含んでいた。心なしか、冷気が増えたような気がする。
怪物はにやりとさらに笑みを深くした。

「ワシを始解ごときで倒せると思っておるのか?」
「お前に始解する価値があると思っとるんか? 急ぐからトクベツにするんじゃよ。感謝しんしゃい」

仁王は刀を持つ腕を押さえて、前に翳した。
そして、歌うように呟いた。


「―――踊り狂え、玲幻」



周りの冷気が増える。仁王が持つ刀が一瞬、氷に覆われたと思えば、パラパラと地面に雪が落ちて、氷はすぐに消えた。
そして、仁王の手に握られていたものは――、

「綺麗じゃろ、この形」
「――刀が……」

真田が唖然とした声で言う。
仁王の持つ刀は、刃が透明の小刀になっていた。その縁はほぼ無く、まるで鑑賞用のようだ。一見すると、おおよそ戦いには不向きに見える。これならば、先程のただの刀のほうがまだましだったのではないか。先程まであった僅かな安心感は、一気に不安へと変わっていった。
怪物も同じ考えだったのか、刀を見て嘲笑う。

「確かに綺麗。だが、それではワシを倒せんぞ」
「そうかの?」

仁王は口元だけ歪めて、怪物を見る。その姿は切原たちに、えも言われぬ恐怖を抱かせた。
予備動作もなく、刀を振るう。

「――ッ?!」

それだけで、怪物の腕はざくりと裂けた。

「な、なんだコレは――……!」
「ほれ、次行くぜよ」

動揺している怪物の背後へ、仁王が瞬間移動する。そして怪物が避ける前に、薙ぎ払うように刀を横一線に振った。怪物は間一髪のところで避けたが、どう見ても致命傷だった。
明らかに刃の長さは足りてないはずなのに、なぜか怪物をどんどん切り刻む仁王。目の前の異常性に、“ただの人間”である切原たちは座りこむことしかできなかった。
仁王は何かを確認するようにこちらを見る。怪物はボロボロの身でありながらも、その隙を逃すわけがなかった。

「餌ッ! 餌だ! ワシの養分となれ人間ども……ッ!」

誰かがひゅう、と息を呑んだ。
狙われていたのは、中央に座り込む幸村だった。幸村自身、突然のことに半ば放心状態で、ただ接近を待つことしかできなかった。
捕食者からの死が与えられるのは数秒もかからない。死の恐怖を深く味わうこともなく、怪物の餌となるだけだ。
牙が間近に迫る。何も考えることなく、幸村は目を強く瞑った。

「――ああもう、つくづく煩いのう雑魚虚。早く尸魂界に逝け」

何かを大きく突き刺す音が校庭に響く。例えるなら、枕をナイフで刺したような、ザクリという軽快な音だった。
怪物の叫び声はまったく聴こえない。
幸村がゆっくりと上を向けば、そこには無表情で怪物の顔を突き刺している仁王の姿があった。
一瞬の空白。
時が止まってしまったのかと錯覚するほどの沈黙のなか、一陣の風が吹いた。
そして、まるで最初から何もなかったかのように、怪物はぱらぱらと崩れて、静かに消えていった。



「――俺は、自分が蒔いた種の処理をしにきただけじゃ。別に、おまんらに何かしたくて来たわけじゃないぜよ」

レギュラーたちが何か言う前に、仁王はそう言った。目を合わすこともなく、滔々と語るかつての仲間に、思わず少年たちは言葉を失う。
仁王の手に握られた刀は気がつけば元の姿に戻り、腰に刺さる鞘に収まっていた。

「だから、もしまた俺を見かけても、何も関わるんじゃなか。無視するだけでええ。手を出されたら……逆に迷惑じゃ」

仁王がそう言った瞬間、痛いほどに空気が凍りついた。辺りに漂う冷気はまるで、彼の心を表しているようである。
レギュラーたちは、人外としか言えない仁王の戦いを目の当たりにして、ただ、黙りこむしかなかった。普通の人間だったはずの、いまは死んでいるはずの者が、こうして自分たちの前に現れている異常性。そして、ありえない現状が次々と起きたこともあり、もはや混乱を通り越して、思考放棄をしてしまっていた。
当然と言えば、当然だ。つい先程まで日常に暮らしていた人間が、まるで何かの物語のような非日常に突然放り込まれて、すぐに対応できるわけがない。
それでもとうとう、思い切るように柳生は口を開いた。――それはもしかしたら、一番彼に近しかったというプライドがあったからかもしれない。または、彼に対して最も罪悪感を抱いていたからだという可能性もある。どちらにせよ、過去の後悔による行動だということは明らかだった。

――そのとき、タイミングよく仁王がこちらに歩いてきた。
懐かしい銀髪が月の光を反射して、煌めきながら揺れている。時の流れとは無関係なほどに、かつての見た目と変わらない容姿をしている昔の仲間を見て、なぜか悲しさが込み上げてきた。それでも、何も感情が乗せられていない彼の瞳が、ガラス玉のように光を反射して、昔とは違うことをはっきりと彼らに告げていた。

「におう、くん――」
「すまんのう姉貴、彰……。家まで送るナリ」

砂を踏む音が柳生の横を通り抜ける。見覚えのある女性と少年を抱えながら、仁王はレギュラーたちを無視して、静かに消えた。
柳生は唖然として、その姿を見送ることしかできなかった。


「――どうして」

どうして、こんなことになったんだ。
ぽつりと誰かがそう呟いた。
無情なまでに暗い夜空の下、校庭には座り込む少年たちしかいなかった。


それは無解答と言う逃避

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