31

ざわざわと騒がしい昼休み。
生徒たちは各々、自由なことをしてすごしていた。

「なぁなぁ、転入生来たの知ってるか?」
「転入生?」

幸村が首を傾げれば、クラスメイトは困ったような苦笑いを顔に浮かべた。ゆるやかに曲がる藍色の髪がふわりと揺れる。『女顔負け』と言われていた幸村の顔も、歳を重ねて今では凛々しいものとなっていた。今この瞬間にも、女子たちがあちこちで幸村の一挙一動に色めき立っているのがいい証拠だ。

「なんでもイケメンらしいぜ。しかも、紳士のように優しいんだとさ。そう女子たちが噂してる」
「……へぇ」
「興味ないのか?」
「うん。噂は信じない主義だからね」

そう言い切り、手元にある弁当の蓋を開けた。中には色とりどりの食材がバランスよく綺麗に並べられていて、作った者の優しさが垣間見える。
幸村は箸を取り、食材を突いた。圧力をかけられて、卵焼きが形を歪ませる。

「『この弁当は美味しいよ』とどんなに周りの人に言われようが、蓋を開けて、口に入れるまではわからない。それと同じだよ。噂なんてものも、実際に俺が確認するまで信じられないね」
「……幸村って意外と現実主義者だな」
「何を今さら」

クラスメイトに向かってにこりと笑う。その瞬間、また女子たちはきゃあきゃあと黄色い声を上げた。それに対して、教室の隅にたむろう男子たちは迷惑そうな表情をして耳を塞いでいる。
つぷり、と箸が卵焼きに突き刺さった。



「ねぇ真田、転入生が来たの、知ってる?」
「む、知らんな」
「あっ、そう」

部活が終わり、レギュラーたちは部室で帰りの支度をしていた。幸村は片手でシャツのボタンを閉めながら、ロッカーの荷物を片付ける。なんとも器用なものだと、真田はその光景を見ながら幸村に返答をした。幸村も大した質問ではなかったのか、適当な口調で反応した。

「俺は知ってるぞ。あの転入生だろう」

確か、丸井と同じクラスだったな。と柳が言えば、みんなは一斉に丸井の方へ視線を向けた。着替え途中だった丸井は迷惑そうに顔を歪めた。おおかた、早く帰宅して菓子を食べたかったのだろう。なにしろ丸井が持ち込んでいた菓子は幸村に全部没収されてしまったのだ。
ちなみにそれを目撃したジャッカル曰く、丸井はいい加減に痩せなきゃ駄目だよ。ちゃんと理解してるの? と低いトーンと共に、それはそれは美しい笑みを幸村は湛えていたらしい。

「……転入生なら確かにいるぜ」
「ふぅん。で、どうなの?」
「どう、って言われてもなぁ……」

くちゃくちゃとガムを噛みつつ、悩むように眉をひそめた。部室でガムを噛むとはたるんどる! と言う真田の声は完全に無視だ。そして、さりげなくノートを片手に取る柳の姿も。

「フツーにいいやつだと思うぜ? 男子にも女子にもウケは良いし、教師にも信頼されてる。ま、だからこそこんな学年から入れたんだろうけどな」

肩を竦めてそれだけ言うと、また丸井はガムを噛み始める。ジャッカルは呆れた顔をしつつも、黙々と丸井の横で着替えていた。

「へぇ……。なんか紳士みたいだって巷では言われているみたいだから、どんな柳生二号なんだって思ったよ」
「私二号の何がいけないんですか」
「だいたい、紳士のくせに風呂敷とかポエムとか時代錯誤すぎるよね」
「無視しないでください」
「ホントに初めて柳生のポエムを読んだときは数分間笑いが止まらなかったよ。……あ、今でも笑えるな。あははははっ」
「……」

とうとう柳生が無言になる。部室内には幸村の空々しい笑い声だけが響いていた。
―――やーぎゅは俺よかずっと詐欺師ナリ。
そう言って、話を締めるはずの者は今はいない。あの日常は確かに存在していたはずなのに。いつの間にか、部室内は沈黙が支配していた。ただ、互いの呼吸音と絹擦れの音だけが時折出るだけだ。
幸村は溜め息を飲み込んで、目を閉じた。せめて赤也に追試がなくて、ここにいてくれたら、もう少し違ったものになっていたのかも知れないのに。自己嫌悪という言葉がぐるぐると頭の中を回る。
何か別の話題を出そうと、幸村が口を開けた瞬間、背後で荒々しくロッカーが閉められた。
振り返れば、そこにはいまにも泣きそうな表情をして、ロッカーのドアに手を付く丸井の姿があった。

「―――っ、だから会話なんてしたくねぇんだよ……!」
「……ブン、」
「うるさい黙れ!」

そう言い捨てて、丸井はラケットバッグを片手に部室から飛び出した。制止しようとしたジャッカルの手は、何も掴むことはなく虚空をさ迷う。顔は見えないが、きっと丸井は今、走りながら泣いているのだろう。
残された部員たちは、また沈黙する。何がいけなかったのか、誰が悪かったのなんて追求するのも面倒だった。
開け放れたドアから湿った空気が侵入する。
暗闇が広がる空の下、各々、思い描くものを恨んでいた。


アイツがいなければよかったのに

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