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春――それは新たな出会いの季節であり、また、別れの季節でもある。
ここ立海大附属高校でも当然のようにそれは訪れた。
桜が咲き、景色を彩る四月某日、新学期が始まる。



クラス替えの発表も終わり、一段落が着いたはずであるのに、立海大の高等部はざわざわと落ち着きがなかった。どのクラスを見ても、女子も男子もみな興奮気味に言葉を交わし合っている。それは、一つの噂によるものが原因だった。

――どうやら、三年に転入生がくるらしい。

はたして噂というものはどこから漏れるのだろうか、一時間にも満たない時間内に校内中に広まってしまっているのだ。中には教員にまで確認の質問をしだす生徒までちらほら見受けられる。曖昧に言葉を濁して返答する教員たちは、大方、この状況を予測できていたのだろう。

もちろん、立海大の生徒である丸井もその噂を耳にしていたが、それほど騒いでいるわけではなかった。むしろ、新しい机を早々にお菓子のクズで汚しながら、マイペースにクラスに居座っていたくらいだ。
確かに、同学年に転入生がくるという話題に興味があると言えばある。だが、高三になって転入してきたところで、大したつき合いになるわけではないと考えていた。もう少し、いや、あと二年早く転入してくれればテニス部に勧誘できたのに、と丸井は無茶なことを心中で呟いた。


だというのに、噂の転入生はなんの因果か、丸井のクラスに入れられた。担任が黒板に名前を書き終わるのと同時に、自己紹介をする。

「俺は古佐直、よろしく」

お辞儀と共に黒髪がさらりと揺れた。
にこりと顔に浮かべた愛想笑いは美しい。教室に入ったころから騒がしかった女子たちは、これによりさらに色めき立ち、ひそひそと囁く声を上げた。
転入生――古佐は男子らしい顔つきでしかも通常よりも整っている、所謂イケメンというものだった。身体は高三にしては小柄で、例え冗談で中学生と主張したとしても、十分納得できる容姿をしていた。それは身長の問題ではなく、どちらかと言えば、筋肉の作り自体が未熟なように感じられる。

古佐の席は出席番号順、あらかじめ予知されていた転入だったため、普通にクラスの真ん中に用意されていた。女子たちの視線を浴びながらも、古佐は嫌な表情を微塵も見せずに軽い足取りでその席に着く。その際、一瞬だけ丸井は古佐と目が合ったような気がした。
恐らく、古佐は以前からそういう状況に慣れているのだろう。丸井は頬杖をつきながら、古佐の様子を見て思った。女子たちにざわざわと噂をされても平然としているというのは、転入に慣れているか、素晴らしい容姿でなければ殆どないはずだ。そして、考えるまでもなく古佐は後者だ。自意識過剰なわけではないが、丸井もそこそこに有名だと自覚しているだけに確信はある。

休み時間になれば、古佐はたちまち女子たちに囲まれていた。背筋を伸ばし、柔和な笑みを浮かべて話す古佐。ぼんやりとそれを観察していた丸井だったが、やがて何故か既視感を抱いた。具体的にどこが、と問われれば答えることなんでできないが、確かにどこか、懐かしい気がするのだ。
一体、何が懐かしいんだろうか。と丸井は呟いた。誰からも返事なんて来るわけもなく、それは教室の喧騒に紛れて空中に霧散する。古佐の人気は高くなりそうだな、もしかしたらファンクラブなんてものもできるかもな、なんてくだらないことを考えていれば、そのうち思考すること自体が面倒になって、丸井は適当にお菓子を口に入れた。

思考放棄思考放棄、あ、このチョコレート美味しい。


黒い謎と転入生

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