18

「オォオオオオ――……」

虚の断末魔は何時聞いても好きにはなれない。
振り下ろした刀を鞘に収めつつ、頭の端でそう呟いた。

まだ日の入りもしていない午後。仁王は虚の討伐任務ということで、瀞霊廷を出て流魂街の森にいた。
虚は何時でも出現する。確かに夜の方が虚の出現率は上がるが、日が出ていても現れるのだ。そして仁王は実力はあってもまだ新入隊員。そのため夕方に配属されたのである。
言い訳じみたその言葉を聞いたとき、あの過保護な隊長の影がちらついたのは恐らく気のせいではないのだろう。何しろ仁王には入隊する以前に、いきなり更木隊長に連れられてメノスを討伐させられた記憶があるのだ。理由は知らないが恐らく実力を測るためだったに違いない。最終的に倒せたから良かったものの、更木隊長の行動は迷惑甚だしい事には変わらなかった。

あの時はひどく浮竹に怒られたな、とボロボロになって隊舎に戻ってきたときのことを思い出した。
周りの者からは、不可抗力だったから仕方ない事として済まされたが、浮竹はそういう時こそ得意な瞬歩で逃げろと言われてしまった。何のために普段から鍛練をしているんだ、と。
怒鳴られず、静かに言われるほうが何倍も堪えたものだ。遠巻きに見れば楽かも知れないが、怒りがひしひしと伝わるし、本気で自分の心配をされると申し訳なさも込み上げてくる。さらに卯ノ花まで加わった説教大会は軽いトラウマになっている。



「雅治くん、お疲れ様」

ようやく交代の時間になり仕事を終えて隊舎に戻ると、噂をすればなんとやら、休養していたはずの浮竹が出迎えに来ていた。
寝間着の姿なので、どうせ無理をして抜け出して来たのだと見受けられる。

「身体は大丈夫なんか?」
「ああ、もうすっかり元気だよ」
「……ピヨ」

ハハハと軽く笑う浮竹の顔色は悪く、そんなことは無いと一目瞭然だったが、どうせ言ったところでのらりくらりと躱されるだけだと思い、仁王は口癖を小さく呟くだけにした。
そのまま二人はたわいない会話を交えつつ廊下を歩く。とっくに日は落ちて、壁に点々と付けられている蝋燭からはちらちらと暖かい光が洩れている。この区域だけにしか飾られていない少しずつ形が違う蝋燭は、浮竹のこだわりの物だと聞く。そして天井に蛍葛を設置しないのも恐らく彼のこだわりの内の一つなのだろう。

仁王の部屋は入隊しても変わらず、客間のようなそこそこ広く綺麗な造りの部屋で寝起きしていた。必要最低限の物しか置かれていない殺風景な空間には、それでも確かに人が暮らしている痕跡が見られる。

「そんじゃ、ちゃんと療養するんじゃよ」

別れる際にかけられた言葉に、浮竹は一人になってから苦笑した。
ふらふらしていて一見何にも興味を持たないように見られる仁王だが、人の気配や感情にはかなり敏感だ。それは恐らく彼がそうせざるを得ない場所に身を置いていたからなのだろう。


「…………」

仁王の気配が完全に無くなったあとで、浮竹は目を閉じた。
仁王の霊圧は高い。今この時点でも席官クラスはあるだろう。そしてまだ成長をし続けている。これが斬魄刀の名前でも聞き出していたら席官任命は確定だったに違いない。
いつの日だったか、仁王にルキア伝手でこっそりと霊圧制御装置を渡した。分かりやすい色にしたが、どうやら律儀に付けているようで安心した。
あれは、本人にも他の死神にも知らせていない物だ。そしてこれからも教えるつもりはない。完全に浮竹の単独の行動である。

力が強い者は尊敬される代わりに孤独になるものだ。かつてそれは藍染だった。
いつかは仁王もそのような思いをするのだろう。周りから恐れられたり迫害されるかもしれない。ましてやそれがポッと出の者だったらなおさらだ。ただでさえ制御しているのにも関わらず、中央四十六室はいきなり隊に入れたのだ。これがもし何もしていなかったら、確実に副官補佐入りは免れなかっただろう。

成長と共にいつかは制御装置の存在も知られるはず。
でも今はまだ、そんな思いをあの少年にはさせたくなかった。
独りよがりでもいい。せめて安心して立てる居場所が出来てから、あの瞳から滲み出る悲しい色を無くしてからにしたかったのだ。


開けた瞳に映るのは、

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