16

いきなり勧誘されて困惑した仁王だったが、これまでの浮竹の恩や、自分の側にいてくれた死神たちを思い出し、承諾するのに大した時間は用いらなかった。

「十三番隊隊長の浮竹だ。みんな、仲良くやっていこう」

慌ただしく月日は流れて、気がつけば四月。入隊の日がやって来た。
寒空の下、まだまだ気弱そうな新入隊員の前で浮竹は自己紹介をした後、不安そうな顔をして隊員に紛れて立っている仁王と目が合い、にこりと静かに笑いかけた。
当然それに気がついた仁王も、僅かながらに口元を緩ませて応える。いくら見慣れている隊舎だろうと、知らない人々と新しい環境にはやはり色々と戸惑うところもあるのだろう。浮竹を目が合ったときに、やっと自分の身体が少し強張っていることに気づいた。
多くの死神は今年試験に受かって入って来たばかりの新人だ。多少の編入はあるが、絶対多数は同期だろう。真新しい斬魄刀に着慣れない死覇装。隊長という存在を前に、皆は憧憬の眼差しを向けていた。

居候ながらも、ともすれば事務処理や任務の手伝いをしていた仁王は、入隊してから飛び抜けて優秀だった。それは一見すると以前からやっていたために優秀であり、卑怯なように思われるが、編入して来た隊員も含めての“優秀”だったのだ。
言わば実力。憧れはこそすれども、文句を言う者は誰もいなかった。仁王にとってはそれがどういうものだったのかは分からないが、少なからず居場所があることには安心していたのは確かだった。
そして浮竹やルキアはそんな仁王の様子を陰ながら見て、本人の事であるかのように喜んでいた。



「雅治、隣いいか?」

草木も眠る丑三つ時と言われる時刻、午前二時。それは己以外の生き物はみな死に絶えたのではないかと錯覚を覚えさせるほどに静かな夜だった。唯一、この無音の世界に音を運ぶ風は、どこか寂しさと悲哀を含ませながら時々木々をざわり、ざわりと踊らせている。
誰も生きていない世界。しかしながら恐らく今夜も、この尸魂界の何処かで誰かが命と覚悟を賭けて虚と戦っているのだろう。
確信は無いし、根拠も無い。しかし何故かそんな気がした。そう、自分が知らない間にも世界は刻々と時を刻みながら巡っているのだから。

―――死して己は此処で生きている。そんな言葉が頭の中に浮かんだ。一体何処で聞いた言葉だったか。それは矛盾の響きを含むが、ならば自分も十分矛盾の存在である。まるで泡沫の夢、真実なんてそんなものだ。常に偽りと紛れて生きている。

縁側にて、仁王は寝巻きの姿で湯呑みを両手で包み、縁に腰掛けていた。彼に質問した者は、返事を聞く前に同じようにその横に座る。些かながらなんとも無遠慮な行動であるが、それが誰かなんて問うことは愚問だ。

「こんな夜更けに夜這いかの?」

にやりと笑いながら横を向く。
目の前にはほんわりと白い息を吐いているルキアの顔があった。

「たわけが。貴様こそ寝ぼけているのか?」

ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いたルキアの着物はどう見ても明らかに寝巻きだった。いくら危険が無いと言ってもこれは警戒心が足りなさ過ぎるのではないか。
そんな仁王の心配を余所に、ルキアはのんびりと急須から自分の湯呑みに茶を注いでいた。
少しも仁王を男として意識しないルキアに、もうこれはどうしようもないのだろうと密かに仁王は溜め息をついて、夜空を仰ぎ見た。これがもし幼なじみや戦友、彼女を狙う者だったら一体どうなっていたことやら。

仁王がこの隊に入った頃から、こうしてルキアは時々訪れて来る。そんな日はたわいもない会話を交えつつ茶を飲むのがいつの間にか習慣となっていた。さすがにこんなに夜更けに訪れたのは始めてだったが、仁王は何も理由を聞かなかった。ただただ互いに軽口を叩きながら生産性の無い会話をするだけだ。
墨を零したような闇空の中に浮かぶ月は、三日月とも半月とも取れない曖昧な形をして静かに輝いていた。


ゆらりと湯気は空気に融けた

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