13

そこは凍てついたようにただただ美しかった。
気がついたら仁王はそこにぽつんと一人で立っていた。周りを見渡すも、誰も見当たらないどころか人の気配すらしない。
此処は一体どこなのだろうか。上を仰げれば日が落ちており、空に浮かぶ月が静かに輝いている。別に仁王に夢遊病の覚えはないので全く見当がつかなかった。
縁日でも開催されていたのだろうか。あちこちで屋台が建ち並び、遠くではビルや学校も見えた。屋台に取り付けられた提灯たちの小さな光だけがここら一帯を暖かく照らしており、時々吹く風に煽られて、ゆらり、ゆらりと揺れている。その光景はとても幻想的で美しかったが、やはり人の影が見当たらないことからかどこか物寂しさがあった。そう、例えるならばそれはまるで―――と、そのとき、カツンという石畳を打つ足音が仁王の背後から聴こえた。

バッと振り返ると、そこには小さな子供が立っていた。性別は分からない。故に、子供としか仁王には表現できなかった。
この子供は不思議な姿をしていた。ここ最近で見慣れた着物に、手には耳だけが欠けた狐のお面。そして頭に本物なのか判別がつかない白銀の狐の耳が、尻には同じ色をした尾が生えていた。
一体いつの間にこの子供は現れたのだろうか。無音の世界で仁王とその子供は見つめ合い続けた。聴こえるのは互いの呼吸のみ。子供の姿はどことなく自分に似ていて掴みどころがない雰囲気がする。
――何秒、いや何分経っただろうか、不意に子供が口を開いた。

「――おはよう」

ふわりと笑顔を浮かべる。それと共に頭にある耳もピクリと動いた。どうやら耳は本物らしい。

「……おはよう?」

仁王が返事をすると、子供は華が咲いたようにパッと明るい表情になった。犬のように尻尾をパタパタ揺らしてこちらに駆け寄ってくる。尻尾まで本物だったのか。

「雅治、久しぶり! 元気だった? 最近全然来なかったから退屈で退屈で――」
「ちょお待ち。……久しぶり?」

慌て仁王は子供に制止をかけた。確かに今子供は"久しぶり"と言った。しかし、仁王はこんな子供と会った記憶なんて全く持ち合わせていない。こんなに目立つ外見をしているので一度会ったら普通は忘れないだろう。

「お前さんとは初対面なんじゃが……」

仁王がそう言った途端に、子供の顔がサッと青くなった。目尻には涙すら浮かんでいる。耳が不安そうにへたりと下がった。

「うそ……。雅治忘れたの? 俺のこと」
「……」

縋るようにギュッと着物の端を掴まれた。
知らない。……知らない、はずだ。こんな子供。自分と同じ銀の髪に金の瞳、縋るように自分を見る顔。全く見覚えがない。
ずっと無言を突き通していると、段々と子供の声が大きくなっていった。

「……ずっと一緒にいたのに! ずっと俺は待っていたのに!」

だから叫ばれたって知らないんだ。なのに何故、どこかでその顔に懐かしいと感じるのは。姿を見て安心してしまうのは――。

「――雅治っ!」

「……っ」

ツキリと頭が痛んだ。誰かの声が聴こえた気がする。仁王が思案している内に目の前にいる子供は本格的に泣き顔になっていた。周りの景色は子供を中心にしてどんどん歪んでいる。

「ま……っ、」
「――もう雅治なんか知らないっ!」

その言葉を最後に、仁王の意識はふつりと途絶えた。



「――……ん」

意識を浮上させた仁王が目を開ければ、布団に寝かされていることが確認できた。いつの間に移動した?いや、寝てしまっていたのだろうか。外に目を向ければとうに日は昇りきっていた。

――雅治なんて知らないっ!

先程の子供を思い出した。あれは確かに自分を知る者の顔だ。しかし、自分にはそんな覚えは全くない。消える際に見えた子供の絶望したような表情を思い返して、何故か仁王は罪悪感を抱いた。

「お前さんは誰なんじゃ……」

部屋の壁に立てかけられた斬魄刀が、小さくカタリと動いた気がした。


冷たい狐の幻想曲

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