10

仲間という絆が、こんなにも脆いものだったなんて知らなかった。
知りたくもなかった。



次の日、俺はいつも通りの時間に学校に登校した。朝練なんてものは玖苑がマネージャーになってから、全く参加していない。
そして、ガラリと教室のドアを開けた瞬間、硬直した。

クラス中の奴ら全員が俺を睨んでいた。
見つめられるなら普段からされているから馴れているが、睨まれるだなんて初めてだった。一体何があったのだろうかと疑問を抱きながらも席に着く。
しばらくして、授業開始ギリギリの時間に丸井が玖苑と共に教室に入ってきた。
玖苑は俺の姿を見るなり、何故かヒッと声を上げて、怯えた表情をして丸井の背に隠れた。
それを見たクラスメイトがいい加減痺れを切らしたのか話し掛けてきた。

「……仁王、お前昨日の夜に百花を襲ったらしいな?」
「昨日百花ちゃんからメールが来たのよ!」

クラスメイトが俺に詰め寄ってくる中、丸井の背中越しにちらりと玖苑の顔が見えた瞬間に、こう思った。

――あぁくそ、嵌められた。

玖苑の表情は、やはり醜く歪んでいた。



それからの俺の転落は、呆気ないくらいに早かった。
教室では机が荒されていたり、教科書が破かれていたり。下駄箱には毎日何らかの生ごみが入っていた。そんなものは正直な所、始まった初日から手を打っていたために、大したショックは受けなかった。理由は言えないが、俺から一つアドバイスするなら、虐めるときはちゃんと持ち物の名前を確認しんしゃい。といったところか。
そんなことより、一番の問題は部活だった。

「……お前はレギュラーから外したよ、仁王」

確かに皆玖苑には恋心を抱いていたし、それなりに言われると予想はしていたが、やはりこれは堪えた。そして、レギュラー落ちした俺はあいつらから毎日ボールをぶつけられたり暴力を振るわれた。それでも部活に通い続けたのは、恐らく、心の何処かでまだあいつらを信じていたかったからなのだろう。
日に日に増えてゆく怪我に堪えられなくなったのは自分の身体だった。
ついにとある日に親の目を忍んで病院に行くと、医師からこう告げられた。

このままではテニスが出来ない身体になりますよ――。

それは身体と同様に限界だった精神を壊すにはあまりにも簡単な言葉だった。
テニスが出来なくなる。
俺にとってはまるで死刑宣告に近いものだった。

「雅治、最近……なんか大丈夫?」

その次の日に、姉貴から心配するような声音でそう言われた。家族には絶対見つかりたくないと細心の注意を払っていたのに、一瞬気づかれたのかとひやりとした。

「大丈夫じゃよ。夜更かしして疲れとるだけじゃ」
「でも……」
「じゃあ行ってくるぜよ」

さらりと言い返した俺に、姉貴は眉を潜めた。そんな表情を見ているといたたまれない気持ちになって、渋る姉貴を残して急ぎ足で家を出た。
パタンと背後でドアが閉まる。
それが家族と交わした最後の会話だった。



「……ねぇ、いま仁王くんはどーいう気持ちなのかなぁ? こんなに可愛い可愛いお姫様の百花を振るなんて愚かな事をして、すっごくすっごく後悔してる? いまここでごめんなさいって謝ってくれたら、百花の彼氏にしてあげるわよ? そしたら百花の誤解だったって皆に言って、虐めを消えさせられるんだから」
「そんな事をして、テニス部の、あいつらの事はどうなるんじゃ」
「しーらない。勝手に後悔して、落ち込むなり傷つくなりすればいいのよ。どうせ百花の飾りなんだから、見た目だけよかったら心なんてどうでもいいわ」
「……そうなんか」

玖苑が俺が襲ったことを勘違いだったと言えば、確かに虐めは無くなるのだろう。しかし、それで後悔するのはテニス部の奴らだ。無実だと主張し続けた仲間を信じずに暴力を振っていたなんて、生真面目な真田や純粋な赤也が知ったら間違いなく傷つく。それはどんなに皆がこの玖苑に心を奪われていても、築き上げてきた時間で証明できることだ。
その後、またこっぴどく玖苑を振ったらいきなりあいつは悲鳴を上げて、どこからか現れた男子に暴力を振るわせた。

逃げ場の無い暴力の嵐の中で、俺は静かにとあることを決意した。



長い一日が終わり、やっと放課後を迎えた。玖苑が来て虐めが始まってから、一日一日が長く感じられる。俺は、昼に考えた計画を実行すべきために鞄を持って、屋上に向かった。階段を一段昇る度に身体が軋む。自分がもう限界なんて、とっくに分かりきっていた。
ギィ、と錆びた音を立てながら扉を開く。鍵は随分前に幸村とふざけて拝借をしたものだった。何も悩むことがなくふざけあったあの頃を不意に思い出した。もうそんな日々は到底手の届かないものになってしまったが、せめて、皆が傷つかないように近づけようと思う。それが俺の、最後の詐欺だ。
テニスで鍛えた運動神経を利用して、安全用のフェンスを越える。校庭を見下ろせば、自然とテニスコートへ目を向けてしまった。部室でミーティングでもしているのだろうか、レギュラーたちの姿は見えなかった。でも、逆にそれは都合がいい。一息を入れて空を仰いだ。どこまでも澄み切っている空は俺の背中を押しているように感じられる。皮肉にも心と空はある意味でリンクしているようだ。
ここ最近のことを回想し、部活の奴らの顔を思い出して、ついにフェンスを掴む手を緩めた。無音で人は消えるのだ。
さよならこの世界。俺は俺の仲間をこうして護るんじゃ。詐欺は人は傷つけん、詐欺師としての最後の悪戯じゃき。ざまぁみろ玖苑。計画が狂ったじゃろう? 愚かだったのはどちらだったか。浅はかだったのはどちらだったか。

風が吹き抜ける。
揺れる視界。
後ろを向いて倒れた。
屋上から消える一瞬、伸ばされた手と俺がよく知った顔が視界に映った。


「―――仁王先輩っ!!」

最後に焦ったような声。


あれは―――。


そしてブラックアウト

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