09

十月の半ば、なんていう中途半端な時期のある日。転校生が俺のクラスにやって来た。

「はじめましてぇ、玖苑百花ですぅ! よろしくねぇ〜!」

教室に入ってきたそいつの姿を認識した瞬間、ぞわりと鳥肌が立った。まるで、そこにいてはいけないような、いま、ここにいること自体が異質であるように感じられた。顔は確かにいいが、作られた人形のように違和感があったし、表情もどこかぎこちなかった。そして、玖苑から熱っぽい視線を向けられていることに気づいた俺は、これからの展開に何か嫌な予感がした。

あまりにも玖苑百花は完璧だった。
美人で成績優秀。教師やクラスメイトからの評判も良く、運動にいたってはあの幸村のボールをいとも簡単に返していた。
そんな玖苑は着々と丸井と仲が良くなり、気がつけば男子テニス部のマネージャーという役職に収まっていた。
最初はそんな玖苑のことを、気味悪いと呟いていた幸村も、何かがあるはずだと情報を集めていた柳も、仁王くんが言うなら気をつけますと言った柳生も――いつの間にか、みんな惹かれてしまっていた。
当然、恋に現なんて抜かしていたら、当たり前のように全く部活なんてものにはならなくて、気が付けばテニス部はバラバラになっていた。

話は変わるが、俺の家族はみな霊感があった。勿論それは俺にもあったし、それは物心が付く前からだったので、今更何の抵抗も無かった。
全く部活なんてものにはならないし、玖苑は俺を気に入っているのか、何かとしつこいことにいい加減うんざりして、俺は部活をサボって、密かに餌をやっている猫の所へ赴いた。
しかし、俺がやって来ると必ず毎回姿を現す猫は中々現れなかった。それに疑問を抱いていると、しばらくしてやっと猫は出てきた。だが、一体何処で死んだのか、幽霊になっていた。

「ニャー……」

家族内でも霊感が高い俺は、幽霊も触れることができて、擦り寄ってくる猫の頭をそっと撫でていた。するとその瞬間に俺の頭に一つの声が流れこんできた。恐らくそれがこの猫の最後の瞬間だったのだろう。

――あぁストレス溜まる…、早く雅治がわたしのモノにならないかなぁ…。――こんな汚い猫なんて誰にも必要とされてないんだから、わたしに蹴られるだけ有り難いと思いなさいよっ…!――死ねっ!!―――

「な……っ」

それはあの玖苑の声だった。
もしかしたらこの猫も日々おかしくなっていく学校に何かを思ったのかもしれない。なんて真偽の程は分からないが、少なくともあんなに玖苑が声を荒げているのは初めて聴いた。そして、目の前にいるこの猫は玖苑のストレスのはけ口として殺されたとことも。

「……可哀相に、痛かったじゃろう?」
「ニー……」

無言で頭を撫でているうちに、いつの間にか猫は成仏したのか消えていた。
残されたのは地面に屈んでいる俺一人。

「…………」

今更ながら、得体の知れない転校生に恐怖を覚えた。



そうして俺はその日を境に玖苑を更に避けるようになったが、なんの因果か席替えで隣になってしまった。
羨ましい、とあちこちで上がる声は一体どちらに向けられているのかは分からないが、ふと横を向くと隠しているつもりなのだろうか、玖苑の顔は緩んでいた。

そして玖苑が転入してきてから約数週間後、俺はとある呼び出しを受けた。
場所は屋上。早く家に帰りたいぜよと内心でぼやきながらダラダラと階段を上った先には、俺の予想通り、玖苑が立っていた。

「で、用はなんじゃ」

予想外に自分から出た声はかなり怒りを含んだトーンをしていた。しかしそれだけのことがこの目の前の女にはあっただけに決して驚きはしなかった。

「え? あ、えぇっとぉ……」

その雰囲気にやっと玖苑は感じ取ったのだろうか、もじもじと身をくねらせて下を向いていた。恥じて赤面するその顔は決して悪くない訳ではないのに、何故か俺はそれを見て嫌悪感を抱いた。

「わたし、仁王くんが好きなのぉ〜。付き合ってくれるよね?」

………は?

なんとか踏み止まって声には出さなかったが、頭の中は怒りと動揺に満ちていた。
どうして俺らが大切に築いてきた部活を目茶苦茶にされて、その元凶と付き合うなんていう凶行に走る事ができるだろうか。
明らかに自信たっぷりに告白もどきをしてきた玖苑は、やはり天然ではなく自分の姿に自信があったらしい。肯定文でできた告白なんて生まれて初めて聞いた。
だから、そんな玖苑に対する自信を打ち砕く気持ちも込めて、俺は冷ややかに拒絶した。

「すまんがおまんには興味がないんじゃ。諦めてくれんか?」
「――……え?」

まさか断られるとは思ってもみなかったのだろう。玖苑は呆然としていた。

「じゃあ用事があるからの」
「あ……、うん……」

そして俺は玖苑を残して屋上から去った。やっとこれで、あいつから解放されるだなんて気軽な考えを抱きながら。
パタンとドアが閉じる際に見えた玖苑の表情は、俯いていてよく分からなかった。


そして悪夢が幕を開けた

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