小説 | ナノ


1

「私の荷物ってこんなに多かったっけ」

ダンボールを開く手を止めて見慣れない部屋をぐるりと見渡す。
まだ片付け終わっていない大量のダンボールと、運び終わってない私物を見て頭を抱えた。

私が暑い夏の日に、一人でダンボールを片付けてるだなんて数ヶ月前は思ってもいなかっただろう。



入学式もとうに終わって、学校にも慣れて、友達も何人か出来ていたあの日。
私の両親は、爆弾発言を落としていったのだ。

「お母さん達海外に行こうと思ってるの」
「仕事でしょ、わかってる行ってらっしゃい」

私の両親は仕事の関係上よく海外へと出かける。長くて数ヶ月、短くて数週間。その間は親戚のおばさんにお世話になるから、今回もそうだろうと思っていた。

だけど、違った。

「言いづらいんだけどね、涼花。お偉いさんに海外で働かないかって言われたんだ」
「今までもよく海外で仕事していたし、私達の働きを見て海外支部のお偉いさんが私達に来て欲しいって言ってるのよ」

だから、涼花も一緒に海外で暮くらさないかなって思って。

お母さん達は私を心配して言ってくれたんだって分かってるけど、私はここに残りたかった。
私はお母さん達と違って英語が苦手で、何より生活のリズムが変わるとなると私には無理だ。

「あのね、私海外行きたくない」
「……そうか、そうだよな。でも引っ越すまでかなり時間はある。それまで考えておきな、お父さんはお前の意見を尊重するよ」
「ごめんね、ありがとう。お父さん」





あの日から私は色々考えて結局残ることに決めた。
お父さんはわざわざ知り合いに話をつけてくれて、その上私好みのマンションのひと部屋を借りてくれた。
まさかこんな早くに一人暮らしをするだなんて思ってなかったけど。

転校先の学校にもついこの間、お父さんと一緒に書類を出しに行った。思っていたよりは綺麗で、それに設備が良かったし、過ごしやすそうでかなり嬉しい。

ピーンポーン……

「はーい、今行きまーす」

突然なったチャイムに驚きながら、小走りで玄関まで急ぐ

「はいはい、小日向です……って」

ドアを開けて顔を上げれば、私のよく知った顔がそこにあった。




私が前世で仕えていた竹中半兵衛様

「君のお父さんの知り合いの竹中半兵衛です。やぁ涼花君、覚えてるかな?」
「もちろん覚えてますとも半兵衛様、こちらではお体は大丈夫ですか…?」

私は前世の記憶を持ったまま生まれてきた、はっきりと前世の記憶を思い出したのは物心ついたときだったけど。
私の前世は豊臣軍の戦忍で、主は半兵衛様で、きっと他の人には信じてもらえないだろうけど私はこの人に仕えてた。

「フフッ、こっちでは主従関係でもないだろう?半兵衛様なんて呼ばなくてもいいよ、それに体も丈夫だよ」
「ほ、本当ですか…!本当に良かった…」
「本当だよ。ところで、口調も呼び方も変えてはくれないのかい?」
「記憶に染み付いてしまってて…」
「でも、今日から君の父親代わり…いやお兄ちゃんになるんだから」

そう言って優しくふわりと微笑みかけた半兵衛様は美しかった。
とても久しぶりに見た主の顔は昔と違い、とても元気そうで少しだけ嬉しくなる。
幼い頃に歴史について必死に学んだ時に、半兵衛様は病で早くに亡くなったことを知った。
だからずっと後悔していた。半兵衛様より先に亡くなってしまったことを。

「あ、そういえば涼花君、僕の部屋は右隣だから何かあったらすぐに駆けつけてくれていいよ。それに君が通う高校の先生もしているからね」
「あ、はい……って、え!?」
「どうかしたのかい?」
「い、いえ別に」

お父さん、確かに知り合いも近所に住んでるから安心しろって言ってたけど、部屋が隣だとは聞いてないです。
それに、これから通う高校の先生だとも聞いてないです。
安心するのは確かなんだけども、逆に気を使いすぎて疲れそうなのも事実。
だって、昔仕えていた人なんだから。
って言っても両親には記憶のことなんて言ってないから物凄い偶然なんだけど。


「あの……半兵衛様」
「半兵衛…でいいよ」
「いや流石にそれは……」
「じゃ、お兄ちゃんでいいよ、その方が都合がいいと思わないかい?」

何の都合がよろしいのでしょうか…?
確かに様をつけて呼ぶのもおかしいかもしれないけど、主様を名前でなんて無理です。
目の前でにこにこと私を見る半兵衛様と困り顔の私。

「それもちょっと……」
「んーでも、半兵衛かお兄ちゃんどちらかじゃないと僕は反応しないよ」
「で、ですが半兵衛様……」

邪魔するよと言いながら部屋へと足を進め、全く気にしない様子で私のダンボールを片付け始める半兵衛様。
本当に反応しない気だ。だけど、呼び捨てなんてできるはずがない。
と言うかちょっと楽しんでるでしょ半兵衛様!

悩みに悩んだ挙句

「え……じゃ、じゃあお兄ちゃんで……」
「よろしい、それじゃ今日はご飯作る材料も買ってきてないことだろうし僕が作るよ、作り終わったら呼びに来るからそれまでは片付け頑張ってね」
「え、あ、はい!」

満足げで自分の部屋へと戻っていく半兵衛様…いや、お兄ちゃん。
お兄ちゃんは前世よりも随分性格が丸くなってて、それに病気も特になく元気に過ごしているみたいで安心した。
もう、あんな絶望感は味わいたくないから。

だけど、ちょっとだけ
これからの生活が楽しみだ

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