制服に袖を通すようになって約3ヶ月。雷蔵から譲り受けたそれはようやく私に馴染みだした。

私が通っているのは小学校から大学まである一貫校で、只でさえ人見知りな私が打ち解けていけるのかとても不安だったが、外部入学者も多く、またそれ以前に皆いい人ばかりで、すぐに家以外の楽しい世界を知った。

これはそんな穏やかな日々に降り注いだ出来事。




星空に沈む




重力の説明が終わったあたりで、ちょうど授業終了のチャイムが鳴った。学級委員の号令で、気だるげな挨拶をしぞろぞろと席を立つ皆を、ちょっと待って、と引き止めた先生は、日誌から一枚の新聞を取り出した。


「家で見た者もいると思うが、来週、流星群がくるんだ。学校でも観察会を開くから、来る者は名簿に丸うっとけー」


流星群。確か流れ星が一ヶ所からたくさん降るやつだったよな。と、ふっとその風景に思いを馳せる。漆黒の空に現われては消えるおびただしい数の流星。

あれ?私はこれをいつ見たんだろう。

急速に意識を今に戻す。何だ今のは。私の知らない何かがそこにはあった。確か入学式で見た杉の木もそうだった。何かはよく分からないのに、確実な違和感が頭を捉えて離さない。私は何を忘れている?


「三郎?」


伏せていた目を上げるとそこには仲良くなった級友の顔。


「どうした?顔色悪いぞ」

「あ、いや、何でもない」

「そう?ならいいけど。でさ、三郎。観察会一緒に行かね?」

「あ、お前行くの?」

「おう。どうせなら望遠鏡使って見たくね?」

「まあ、確かに」

「じゃあ、名簿、お前の分も丸うっといていー?」

「おー、頼むわ」


ちらつく嫌な予感。気のせいだなんて言って無視しなければよかったと気付くのはいつも、取り返しがつかなくなってからなんだ。




「行ってきます」

「気をつけてね」

「あーあ、三郎と見ようと思ってたのに」

「無茶言うなよ勘右衛門」

「そうだよ。お前みたいな変人に構ってる暇なんてないんだよ」

「兵助辛辣!」


思わず苦笑いしてしまうような見送りを背に、私は夜の学校に向かった。会場である屋上にたどり着くと、そこにはたくさんの人。いくらか見知った顔もある。


「あ、三郎!こっちこっちー」


こちらに手を振る友人を見つけ、そばに駆け寄り腰を下ろす。そろそろだぞー、と先生の声がかかると騒がしかった屋上はしん、と静まる。そして数分後、ぽつりぽつりと星が振り出し、空は無数の星に覆われた。感動に湧く会場。だけど、私の頭で響くのはそんな彼らの声ではなく、もっと懐かしさを帯びた――。



何だ、これは。
頭上の星の数ほどの恐ろしい量の声が情景が感情が記憶が頭の中で破裂した。止めろ、止めてくれ。頭が痛くて割れそうだ。目の前がちかちかして、星なんかよりずっと明るく真っ白になった。

そして世界は暗転。



次に目に飛び込んできたのは保健室の白い天井だった。


「三郎!大丈夫!?」


真っ青な顔で駆け寄ってきたのは雷蔵。どうやら私はあの後倒れて保健室に運ばれたらしい。良かった良かったと私の頭を撫でてくれる。雷蔵は私の為に駆け付けてくれたんだろうか。お礼を、言わなきゃ。頭ではそう思うのに、どうしても動けない。どうしたの?と心配そうに問う声は、ついさっき舞い戻った12年より前の記憶と全く同じでひどく目眩がした。それでも、せめて、と動揺を押さえ込んで、何でもない顔を取り繕った。


ねえ、今私はちゃんと笑えてますか?




雷蔵。いつだか君は、私との出会いを運命だと形容したよね。本当にその言葉が正しいんだとしたら、運命ってなんて残酷なんだろう。



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