「会いたいよ、三郎」


空一面に輝く星をいつだったか僕は君のようだと形容した。流れ星が瞬きながら落ちていく。君も星に乗って会いに来てくれたら…、なんて小さい子供みたいな願いを持った。


数奇な運命を辿った僕らの物語を書こうと決意したのはこの時。もしかしたら、少しでも三郎が隣に居たという確証が欲しかったのかもしれない。そんなことしなくたって思い出は無くならないけれど、色褪せていくのが許せなかった。

机の中で眠っていた原稿用紙を取り出す。学生の頃はよく読書感想文を書いたなあと感傷に浸る。懐かしい。さて、書こう。僕は万年筆を執った。何も考えずとも言葉が溢れ出す。さらさらと綴る言葉に三郎への思いをのせる。伝えたかったこと、僕の気持ち、ずっと秘密にしていたこと。手は止まらない。ねぇ、君は幸せだったかい。返事の来ない質問を原稿用紙に投げ掛けた。また会えるといいな。君にこの物語を読んで欲しいんだ。僕らの不思議な運命の話。物語の真実は全て僕らの思い出だった。




原稿用紙何十枚にもなった言葉の数々を数年前に契りを交わした愛しい女性に見せた。読書好きの彼女とは趣味が良く合い、彼女に一番に感想を貰いたいと思ったからだ。読み終えた後、彼女は顔を花のように綻ばせた。


「いい物語ですね」

「ありがとう。僕の大切な物語なんだ」


そう笑うと少しムッと顔をしかめそうですか、と言う彼女はやはり可愛い。三郎にも、彼女のような可愛くて愛しい存在が出来ただろうか。


「雷蔵さん、この物語を出版社に投稿してみませんか」

「え?」

「この物語を読ませたい人、居るんでしょ」

「…なんで分かったの」

「ふふ、女の勘ですよ」


女の勘って怖い。初めて心の底から思った。その後とんとん拍子で妻が出版社へ持って行き、評価されて本が作られることになった。まさか本当に製本されるなんて思ってもみなくて戸惑ったけれど、嬉しかった。


ねぇ、三郎。
もし君がこの物語を手に取って、読んでくれたなら。どうか気付いて欲しい。僕の心を。君なら簡単だろう。だって僕らは一つなんだから。

『この物語をただ一人の親友に捧ぐ。』




epilogue




ざわめく会場。一列に並ぶ老若男女。その手には一冊のハードカバー。星と月が描かれたそれは数ヶ月前、僕が書いた一つの物語。小説家なら誰もが羨む賞を貰い、出版と同時に売り切れ多発。まさかこんなことって、と驚愕したのは良い思い出だ。

どうしてもお願いします、と頼まれた地元でのサイン会に僕は出席していた。学生の頃によく通った書店でサイン会を開くというのは感慨深いものであった。


会は滞りなく進み、あと一人で終わり、というところまで来た。終わったら実家へ一度寄ってからマンションへ戻ろう。彼女は寂しがりだし、早く戻らなければ。そんなことを考えつつ顔を上げたら、予想もしていなかった人物が居て息を飲んだ。いや、予想していなかった訳じゃない、でもそれはただの希望だった。


「―――、三郎…!」


目の前には記憶より背の高くなった三郎が本を抱えて立っていた。顔付きもだいぶ大人っぽくなった。名を呼べば薄く微笑んでみせた。ああ、夢じゃない。


「久しぶりだね、三郎」

「…雷蔵」


三郎の本を抱えてない左手を取って、両手で包んだ。相変わらず手は冷たかったが僕の体温と同化していく。


「ずっと君に逢いたかったんだ」

「私も、逢いたかった…。でも怖かったよ」


過去にも同じやり取りをした覚えがある。変わらない。僕も、三郎も、この関係だって。それが嬉しかった。たったそんなことで目頭が熱くなる。


「嬉しかったよ、とっても。それこそ泣き出しそうなくらい」

「三郎は泣き虫だからね」

「…もう泣かないさ」


やっと、伝えることが出来た。何百年と時間はかかったけれど、これで良かった。これでハッピーエンドだね。やはり物語の終末は幸せじゃないと、読み終えた後味が悪いでしょ。

僕は幸せです。
きっと君も幸せです。

運命の終焉は星と月の輝くある晴れた日のこと。




たった一つの物語









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