君と僕が出会えた運命を、幸福だと捉えてるのは僕だけじゃないよね?




欠けた月は少しだけ泣いたようだった




それはある朝のこと。


「三郎の様子がおかしい?」


朝からうちに押し掛けてきたいつものメンバーが、まるで自宅のようにくつろいでいる。ただ、三郎が学校の用事でちょっと留守にしているからか、その姿にいつもの妙な活気はない。それどころか暇だ暇だとまで言い出したので、今、頭を悩ませている話題を振ってやった。


「そう。どこかよそよそしいというか…。上手くは言えないけど。」

「そうかなー。別にふつーだと思ったけど。学校でなんかあったんじゃない?」

「学校でも特に気になることはないって」

「どこで聞いたのさ」

「三者懇談」

「なるほど。で、それはいつ頃から?」

「うーん、2、3ヶ月前くらい?」

「何か心当たりないの?」

「うーん……。」

「あ、そういえば、三郎倒れたとか言ってなかった?」

「あー、流星群の日?」

「そー。あの日雷蔵が迎えにいったんだろ?」

「えー、そうだけど、それ関係あるかなぁ…?」

「まだ気つかってるんだよ、きっと」

「だめだなぁ、雷蔵。歩み寄る努力が足りないんじゃないのー?」

「えー、そんなことないと思うけど…」

真面目な話だったのに、だんだんちゃかす方向になってきた。けらけらと笑う3人に眉間を寄せてみせた。


「そんな怖い顔しないで。三郎帰ってきたら一緒に出掛けたら?」

「それがいいよ。親睦深めてこいって」

「えー、そんな唐突に。」


名案なのかよく分からない提案を緩く否定したところで、玄関の方から僕らより一層若い声のただいまが聞こえてきた。その声に表情を明るくした3人は、噂をすれば何とやら、とかなんとか言って、僕を強引に玄関まで連れ出す。


「お帰りー」

「ただいま。来てたんだ」

「おう、でももう帰るわー」

「何か用事でもあるの?」


俺らってか雷蔵がなー、とニヤニヤしながら意味ありげにこちらに視線をよこしてくる。こっち見んな。三郎が首傾げてるだろ。にしても、別にこいつらとは普通に喋ってるように見えるなぁ。まあ、よそよそしいって言ったって、前よりくっついてこなくなったくらいだし、成長の証かな、と思えなくもないが。


「だよな!雷蔵。」

「は?」

「だから、三郎と出掛けるんだろ?」


ぐるぐると思考を廻らせていたら、勝手に話が進んでるらしい。3人は、じゃあ、邪魔者は退散しまーす。後は若い二人でー。と軽口を叩いて出ていった。お前らは仲人か。奴らの去りぎわの台詞のせいで、若干気まずい空気が流れる。


「えっと…、行く?」


おそるおそる聞いてみたが、うん。と頷く三郎は嬉しそうだったので、そう邪険にすることもなかったかな、と心の中で小さく詫びた。




お出掛けは正直言って楽しかった。まだ三郎は生活圏以外には土地勘がないらしい。その為、比較的近くの繁華街を僕が案内する形になったのだけれど、今どきの中学生の趣味なんて分かる訳もないので先行き不安なスタートとなった。だが、趣味までもが外見に負けず劣らずのそっくりさだったのか、何処に行っても何をしても、楽しそうな表情を見せてくれた。感情というものは伝染するものらしく、3人のひねくれ者と行くより、気を遣いっぱなしの女の子といくより楽しい1日を送れた。ただ、お気に入りの喫茶店のたくわんソーダだけは皆と同じでお気に召さなかったようだったけれど。


「そろそろ帰ろうか」


日が傾きはじめ、両手一杯の荷物が煩わしくなる頃楽しかった時間に終わりを告げ、駅に向かう。また来ようか、と笑いかけると、満面の笑みが返ってくる。やっぱ、よそよそしいとか気のせいだったな。あいつらにそそのかかれて、なんて気に食わないけど、それに確信がもてたから良しとしよう。


学校どう?楽しい?なんて他愛ない会話を交わしながら通った大きい交差点の歩道橋。そんな会話すら楽しくて、三郎が女の子だったら絶対彼女にするのに、8つ下はアウトか?なんて仕様もないことを考えてたせいで後ろから迫る自転車に気付かなかった。本人達がぶつかった訳じゃない。多分向こうのハンドルと三郎の手荷物。だけど、階段という足場の悪さと、三郎が華奢なことを合わせたら、バランスなんて簡単に崩れた。うわっ、という声と共に、三郎の姿が僕の視界から消えた。それを、ただ純粋に、嫌だなと思った。


三郎の襟に手を掛けて強く後ろへ引く。荷物が落ちる音がするのと同時に身体中に痛みが走り、僕の視界はぐちゃぐちゃになった。ああ、三郎は無事だったのだろうか。意識が微睡む。身体が重くて、指一本動かすことすらままならない。ざわざわとひしめく人の声どころか、強く僕の名を叫ぶ三郎の声すらどこか遠い。掴まれた手にぽたぽたと水の降る感触。ああ、泣かないで、三郎。僕は大丈夫、だか…ら――――。



夢を見た。むせ返る程の腐敗臭。広く開けた視界には焼け焦げた家々。隣にいる誰かは、見たことなどないはずなのに、どこか懐かしかった。
(雷蔵!雷蔵!)
その声は…三郎…?
ああそうか、これは遠い昔の夢。

あの時、君が無事だったのならいいのだけれど。



目を開けると目の前には涙を流す三郎がいた。ただでさえ歪んでいた顔をさらに歪ませ無事でよかったと漏らす。手を伸ばし、その頬の涙を拭ってやる。


久しぶり

君なんだろう?

三郎―――

「鉢屋、三郎。」


告げてはいけないと分かっていた名前。だけどこらえることはできなかった。


三郎の身体がびくりと大きく跳ね、さらに大粒の涙がこぼれた。


「ごめんなさい…っ!」


勢いよく立ち上がり、たったそれだけ言って、病室から走り去った。

やっぱり君は覚えていたんだね。一人で罪悪感と闘っていたんだろうと思うと、傷だらけであろう身体よりも、心が強く傷んだ。



君に伝えたいことがあったんだ。


あの時は言えなかったから。



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