an errand


 


「やあ、毛利!」


帰宅するため校門を出ようとした時、聞き慣れた声で己の名を呼ばれ、振り返ると大学へ入学したときからの友人が手を振っていた。こやつと会うのも久しいな。最近は講義もなく周りの奴らは季節が冬に移っても就職活動に追われていたせいか顔を見るのも一ヶ月ぶりだ。相変わらず幸薄そうな顔だ。


「なんぞ」

「いや、久しぶりに見たからさー。って、あれ?いつも一緒にいるお前の彼女さんは?」


そういえばこやつは元親をいたく気に入っていたな。小さくて可愛いとか癒されるとかほざいていたような気がする。確か155cmしかないと言っていたから小さいのは事実だが、あんなじゃじゃ馬な奴で癒される訳がなかろう、と何度か反論した覚えがある。


「あやつは家に居る」

「えー…久々に会いたかったのにー…元親ちゃあん…」

「人の恋人に何を言うか貴様」

「ゴメンって!でも珍しいね、毛利だけが大学にいるのって。元親ちゃん、講義がなくても毛利について来てたのに」


…口が裂けても孕ましたなんて言えん。腹が大きくなって、しかもこんな寒い時期に外に出すのはいろいろと危なかっしかったなんて、こやつには言えん。風邪気味なのだ、と適当で有りがちな嘘を伝えておく。事実を教えたらめんどくさくなるのは目に見えて分かるからな。お大事に、とシュンとした顔で言われると流石に罪悪感に苛まれるが気にしないでおこう。気にしたら負けだ。

突然、聞き慣れない電子音が鳴る。
俺のじゃないから毛利のだろ、と言われジーパンの後ろポケットからスマートフォンタイプの携帯を取り出すと案の定メールを受信していた。あやつめ勝手に変えたな。朝、我の携帯を触っていたがこういうことだったのか。
件名に「早く帰って来いよ!」と書かれていたため、あやつも寂しがりやだな、と気を良くしてメールを開けば「寒いから毛糸かふわふわな靴下買って来て(>_<) 可愛いやつな!」が書いてあった。我がお使いだと。毛糸なら分かるがふわふわってなんのことぞ。我は知らぬ。可愛いってどんな奴だ。とりあえず了解の返信だけ送っておく。


「うわあ、元親ちゃん可愛いなあ。毛糸とかふわふわな靴下履くんだあ」

「…ふわふわな靴下ってなんのことぞ」

「えっ、ふわふわな靴下はふわふわな靴下だよ!毛利知らないの?」

「うむ」


こやつも知ってるのに我が知らぬというのは気分悪い。そう思うとら眉間に皺が寄るのが分かった。じゃあ一緒に買いに行こうよ、と弾んだ声で言われると断ることが出来ずに流されてしまった。なんでこうなった。









所変わってあるデパートの衣服売り場。因みに女性下着コーナーである。どこからどう見ても大学生の男二人がたむろしていい場所ではない。異様な光景だ。周りからは変な視線がズキズキと背中に突き刺さる。


「これがふわふわな靴下だよ!」

「…肌触りが良いな」

「でしょお。で、毛利は元親ちゃんにどれ買って行くの」


かわいい奴、とあやつは言っていたな。哺乳類の刺繍がしてあれば良いのか、いやこの不細工なハートの成りそこないか。それともこの憎たらしい顔面のものだろうか。とりあえず早くここから立ち去りたい。一番目に留まった、例のふわふわな靴下を手に取ってレジへ向かおうとすると、右腕を引っ張られた。


「……なんぞ」

「毛利、本当にそれにするの?」

「うむ」

「…本当に?」

「しつこいぞ。我はこれにすると決めた」

「そう…」


何か可笑しいか。もう一度靴下を見たが何も変哲のない靴下だ。問題無かろう。柄も刺繍もよくあるパターンだ。レジで代金を払い、ついでに食品売り場で蜜柑を買って帰宅する。友人を撒くのは骨が折れた。今度からは相手にしないようにしようと思う。









ただいま、と帰宅すると部屋着のワンピースを着た元親が出迎えてくれた。買って来た靴下が入った袋を渡すと、とびきりの笑顔でありがとな!と笑った。愛らしいものだ。蜜柑をダイニングテーブルの上に置いてから手を洗いに行く。元親はソファーに座って袋をゴソゴソしていた。


「…元就」


洗面所から戻ると元親がなんとも言えぬオーラを出していた。この二・三分でなにが起きた。


「こんなもん履けるか!」

「なに…?」

「俺はかわいい奴って言ったよなあ?これ全然かわいくない!つかキモい。なにこの色合いと刺繍のデスマッチ。一種のテロだ。視覚の暴力だろ、これは!」

「…?そうか?」

「…これだからセンス悪男は」


どうやら買って来た靴下はお気に召さなかったらしい。我にセンスを求めるでない。

結局このあと元親に連れられ近所の雑貨屋で買い直した。アイボリーをベースに赤のラインが何本か入ったふわふわ靴下と紺色の毛糸の靴下を手に入れてご満悦な様子の元親は、さっきとは打って変わって幸せそうだ。最初からこうすれば良かったのでは、と思わないでもないが元親が嬉しそうだから良しとしておく。





元就のはじめてのおつかい

(我が買って来た靴下は結果的に言えば、我が履くことになった。肌触りの良い靴下に気分は明るくなるが元親のありえねぇ、という視線だけがとても気になる。何が悪いというのだ。蛍光グリーンと紫のボーダーで麒麟の刺繍入りなのだが。大量生産故にぺちゃむくれな麒麟は滑稽で面白いと個人的に思っている。)





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