※関連小説「Only dead 10億ベリーの女」


 * * *


サンジはいつも言う。
君に辛い思いはさせたくないのだと。俺が守ってみせると。

ゾロはいつも言う。
お前が辛い思いをするときは一緒に乗り越えてやると。支えてやるから逃げるなと。

その願いはどちらも私を思ってくれているのだとわかっている。けれど表面上を見ればそれらの願いは綺麗な正反対で、ごく稀にぶつかり合ってしまう。
今日がその『稀』だった。
二人の喧嘩は見慣れている。
けれど、これほどに静かな火花はあまり見たことがなかった。
甲板の上で、二人は腕を組んでじっと対峙している。

それは宝の在処が判明してから勃発した。

島が誇る宝石で出来た石像が、とある教会に保管されているというのだ。
その保管先が、海軍殉職者遺族の会。
海軍出身者の私としては歓迎出来る場所ではないということだ。
私が所属していた通称『黒の海軍』は海軍を裏切った現役海軍軍人の抹消を仕事にしていた。軍人本人だけでなく家族も全員、殺してきた。それは海軍を裏切ったらどうなるのかという見せしめのためでもあり、抑止のためでもあった。
つまり、恨まれている人数は星の数ほど。手にした罪も星の数ほど。
だから私は嫌気が差して、私を好きだと言ってくれた男さえも殺して黒の海軍を壊滅させた。

以来、私の心はどこかすっきりとしない。
以前のように皆と笑い合えないし、無表情でいることが多くなって、皆に気遣いをさせてしまっていることを申し訳なく思っている。

今日もまたサンジとゾロに迷惑を掛けているようだ。


「アラシちゃんは参加させない。船で待ってもらう」
「こいつだって仲間のひとりだ。連れて行く」
「待っててもらう」
「連れて行く」
「傷付くかもしれない場所にわざわざ連れて行く必要ないだろ」
「仲間を除け者にする必要もねえだろうが」
「もしかしたら教会にはアラシちゃんが殺した人の――!」


そこまで言って、サンジは口をつぐんだ。
確かに教会には私が殺した軍人の友人がいる可能性もある。殺し損ねた家族がいる可能性もある。戸籍だけを頼りにしていると、少なからずそういったミスはあるものだ。
埒の明かない喧嘩の仲裁に入ったのは私だった。


「サンジ、大丈夫だよ。私が知ってる人はいないだろうし、石像を盗むだけなら一瞬だろうから」
「でも…」
「アラシがいいっつってんだから、もう黙れよ」


そうして二人は睨み合いながらも、石像を盗むために教会へと向かった。

それが間違いだった。

尖塔に似た教会には外から地下に下りられる階段がある。石像は地元民でさえ知らない伝説的な存在で、地下に保管されている。
そろりそろりと忍び足で教会の横を歩いていく。格子の嵌まった窓から中を見れば、早朝だというのにミサが行われていた。並べられた長椅子に老若男女問わない多くの参列者が神父の説教を聞いている。これが皆、遺族かと思うと複雑な心境だった。
ミサの様子を横目に見ながら皆で地下に向かうその瞬間、陰鬱とした面々の中に見知った顔を見付けてしまった。
ひとりだけ、強く惹かれた。

あれは――。


「な、なんで」


疑問は思わず言葉として口から漏れ出していた。
足はぴたりと止まって、屈んでいた体勢さえ忘れて窓に張り付く。
ああ、そうだ間違いない。
彼は、彼は――。
鼓動がどくんと早まった。
もう一度、会えるなら会いたいと切望していた男が座って、祈っている。あの黒髪、切れ長の瞳、大きな体。
彼は、彼は――。
先を行くサンジとゾロが立ち止まり、問い掛けてきた。


「どうした?」
「何かあった?」


返事すら出来なかった。
引き止めようとする二人の手を振り払って、宝なんてそっちのけで、ミサが行われている教会の中へ足を踏み入れていた。
両扉を押し開けた私を参列者が振り返ってくる。薄暗かった教会は朝日によって一縷の光が射し込んだ。
そして記憶に鮮烈に残る蛇のような顔の男の腕を掴む。
男は困惑したように眉尻を下げて訊ねて来た。


「…君は…?」


他人の空似だろうか。
だけれど、こめかみに残る弾痕は間違いなく私がつけた傷痕だった。
周囲がざわつき始める。


「行こう」
「え、う、うん」


私は言って、彼の腕を引いていた。
彼は戸惑いながらも席を立って、共に走ってくれた。

走りながら泣いていたのは私だった。
私の手を握り返してくれる儚い力がまるで夢のようで、消えてしまいそうで、目が覚めたらまた彼がいなくなってしまいそうで、爪を立てるほどに強く握った。

船に戻ってきた瞬間、私は彼を抱き締めていた。


「ごめん、ごめんなさいごめんなさい。痛かった? 痛かったよね、ごめんね」


頭を撫で、私が撃ち込んだこめかみに触れる。
彼はやっぱり困ったような顔で私の手に手を重ねた。


「腕はそんなに痛くなかったから、気にしなくていいよ。待って…僕、君に見覚えがある」


彼の指が私の頬を撫でると、私の目からは涙が止めどなく流れ始めた。
夢じゃない。
彼は生きている。


「ごめんね、撃ってごめん。ああするしか方法が見つからなかった、思い付かなかったから」
「僕…ごめん、何も覚えていないんだ。そうだ、写真…! 僕、海で遭難しているところを拾ってもらったんだ。そのとき、ずっと握り締めていた写真があって、血で汚れていたから見えにくいんだけど、その写真に写ってる子が君が似てる。ほら見て」


そう言って首に掛かっていたロケットペンダントを開いて、写真を見せてきた。それは紛れもなく私だった。黒の海軍にいた頃の私だった。
そして私も首に掛かるロケットペンダントにある彼の写真を見せる。

彼の目が感動に揺らいだ。
私が彼の知らない記憶にいる知人である何よりの証拠だったからだ。


「もしかして、僕の恋人…? 婚約者とか…奥さん…?」
「あなたの望むものでいい」
「奥さん。奥さんがいい。君は僕の奥さんなんでしょう?」
「そう望むなら」


抱き合おうとする私達を引き離したのは遅れて戻ってきたサンジとゾロだった。
気付かないうちに皆もいて、宝を手にしている。


「何でそいつが生きてる?」と、ゾロ。
私は出来るだけ冷静を保って答えた。

「わからない。奇跡的に助かったんだと思う」
「それで連れてきた?」
「だって、そうする以外にないでしょう」
「で、どうすんだよ。仲間にするのか?」

それを言われてしまうと困る。
私ひとりの一存では決められない内容だ。

「わからない。君はどうしたい?」
「え、僕は海で助けてもらってからずっと教会で暮らしてるから、これからもそうしようかと…」
「じゃあそうする」

ゾロが「はあ?」と怒気の孕んだ声を挙げた。

「船を降りるのか? その男ひとりのために?」
「そうだよ」
「何でそこまでするんだよ」
「私の唯一の理解者だから」

今度は私とゾロが睨み合った。

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