キスとはいわない
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フランキーの「しまったぁ!!!」の一言で船上は騒然とした。
いわく、塗るだけでどんな材質でも磁力を宿すという画期的な液体を溢してしまったらしい。
(つまりは何でも磁石になる、と)
しかもそれが私とゾロに盛大にぶちまけてしまったおかげでフランキーは青ざめてしまった。
濡れそぼった私達は自分の体を見渡してから互いに見合う。
一見すれば普通の水のようだ。
しかもこれといって変化はない。さすがに人体に影響は出ないのじゃないかと思っていると、急に引っ張られた。
「ん…!?」
見えない力に、ぐぐぐぐ、と引き寄せられる方向にはゾロの体がある。ゾロも同様の症状があるのか驚きの表情を浮かべている。
目を見開いていると、私達を感慨深そうに観察していたフランキーが呟いた。
「来たか、磁力が」
「げ、結構な力なんですけど!」
私とゾロはくっつきそうになるのを堪えて、互いに後退していた。
けれど磁力は半端じゃないほど強くて、一瞬でも気を抜けばゾロの体へ飛んでいってしまいそうになる。私は手摺にへばりついて、ゾロはドアにしがみつく。
「元に戻せ!」
ゾロが怒鳴った。
「いやあ…それが…戻す薬品も溢しちまって…海に」
「「海ィ!?」」
「悪い!」
「ちょ、待っ! 私らどうすんの!?」
「次の島まで耐えてくれ!」
「誰か! 私をマストに縛り付けて! 誰かああああ!」
* * *
というわけで、ロビンの手をいくつも借りて私は無事にマストにぐるぐる巻きにしてもらえた。これで私からは近付けない。
ゾロはマストに近寄らないのを条件に自由に行動している。しかし歩いていると金属が飛んで来てしまって「痛え!」という叫び声が先程から頻繁に聞こえる。
拘束されている方がむしろ安全なんじゃないか?
と、呆けていると甲板にゾロが出てきたのが見えた。
身体中にフライパンやら鉄アレイやらフランキーの部品やらを大量にくっつけていて、思わず笑ってしまった。
「ぶはっ! 人間磁石すご!」
「笑い事じゃねえ! お前もこうなんだぞ!」
「私はマストに巻き付けられてるから、って、お?」
ぐぐぐぐ、と先よりも強い力が掛かる。
まさか、ゾロの体に貼り付いてる金属のせいで磁力が強まるなんてこと。
「うお!」
あるよねええええ。
ゾロは踏ん張りきれなかったのか、甲板から飛び掛かって来た。
迂闊。
何たる迂闊。
マストに拘束されていれば私からは飛び掛からなくて済むけれど、飛んで来たものに対して逃げる手段がない。
このままでは正面衝突する。
私は来る衝撃に備えて咄嗟に眼を瞑った。
けど来なかった。
どん、という音と共に私に影が掛かって薄暗くなる。
ゆっくりと目を開けるとそこにはゾロが至近距離にいた。
マストに両手を突っ張って、何とか耐えている。
「逃げ、ろ!」
「私だって逃げたいさ!」
まあロビン様も力強く巻いてくれたもので抜け出せる気配ゼロ。
その間にもゾロにくっついてる金属が私にもくっつこうとして、あのゾロの腕力でさえ耐えられない力で引き寄せてくる。
近くなるゾロの顔。
喉仏も鎖骨も男らしくて素敵ですが今とは違った形でじっくり観察させてください。今は心の準備するまでもなく迫られていて末恐ろしい。
「近い近い近い近い! 壁ドン恐怖症になる!」
「くっそ、腕が持たねえ!」
「誰か助けてえええ!」
「先に謝っとく、悪い!」
「ちょ、待っ――!」
数秒後、サニー号に私の悲鳴が轟いた。
キスとは言わない
(絶対に認めない。くっついただけ、ぶちゅーって)
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