キスするときくらい
(3/11)
どこをほっつき歩いてやがんだあの水色頭様は。
私は特大サイズの紙コップを両手にそれぞれ持ちながら人混みの中に視線を向けていた。
ここは現世のとある遊園地。
たまには外に行くかと誘ってくれたグリムジョーは来るなり人の多さに嫌気がさしたらしく、アトラクションもそこそこに飲み物を買って来いと御使いの指令を出した。
初めて現世の小銭を貰ってミルクティーとサイダーを購入したというのに、戻るとベンチにいるはずのグリムジョーの姿はなくなっていた。
これはイジメだ。間違いない。
私は出来損ないの破面だから霊圧とか全く感じない。
下手な人間よりも人間らしい私を置いていくなんて鬼畜の沙汰としか思えない。
グリムジョー自身は私がどこにいるかなんて、この体から発している微々たる霊圧でわかるというのに出て来てくれる気配なし。ゼロー。
仕方なく三人掛けの木製のベンチの中央に座ってミルクティーとサイダーを交互に飲んでみる。
身長も高くて水色の頭なんだから、この雑踏の中にでも居ればすぐに目立ってわかるはずなんだけどなあ。
行き交う人波の中にそれらしき姿はない。
ま、いっか。
待つことには慣れている。さすがにこのまま頓挫されるってことはないだろう。
ない、はずだ。
首だけ巡らせればちょうど背後には海が広がっている。
この遊園地は海に囲まれていて、その立地を活かしてか大型の豪華客船を模したアトラクションが係留している。
とはいえお子様向けなのか乗船口に並んでいるのは家族連れがほとんどだ。
「おねーさん」
振り返ると見知らぬ男性が二人、目の前に立っていた。
夏らしいタンクトップに破れまくったジーンズを履いた黒髪の不良男と、ピンクのポロシャツを着た栗色の髪のチャラ男。
そうか、人間にも私は今は見えるんだった。
「はいはーい。何か用かね」
「ひとり?」
「うーん、もう一人いるんだけど見失った。迷子なう」
「え、本当に? 一緒に探してあげようか」
「それは助かる是非に」
予想だにしない素早さと強引さでチャラ男が私の左腕を引っ張ったので、紙コップが地面に散らばった。
あ、と思ったけれど既に遅く、そこは水溜まりになっている。
すまん清掃の人。
転がる二つの紙コップに後ろ髪引かれながら私は二人に付いて行くことになった。
しかしそれはそれで探すというよりはアトラクションを楽しむといった感じだった。
もしかしたらこれに乗ってるかもしれないよー。とかいう言葉を信じ、半分アトラクションを楽しみたい気持ちで従い続けた。
ジェットコースターとやらは動きの予測がつかんくてびっくらこいた。内臓がひゅんってなったわ、ひゅんて。
お化け屋敷は、まあ私自身がそれだからあまり怖くはなかったけれど中々に面白かった。歩いていくというのは斬新だった。
そして次に乗るのは観覧車と決めたらしい。
比較的空いている列に並び、すぐにゴンドラが降りてくる。
私は不良と隣に、向かいにチャラが座った。
ゆっくりと上昇し、体重差で僅かに私達の方へ傾く。その微妙な傾斜に居心地の悪さを感じた。
「お友達いるー?」
不良の右手が私の頭を撫でた。するりと落ちて、肩を抱かれる。
グリムジョーのそれと比べると実に華奢な腕だ。
瞳は人混みを追うけれど水色はまるで見つからない。
「いないなあ。さっきの所に戻って待ってみるよ」
「帰っちゃったんじゃない? 俺達が暇潰しに付き合ってあげるよ」
「平気。申し訳ないし、待つのは得意だし」
「だーいじょうぶだって。それに、君みたいな可愛い子を置いていく奴より俺らの方が優しいよ?」
チャラの手指が伸びてきて顎をくい、と持ち上げられた。
肩をがっしりと抱かれているし、目の前からはチャラの唇が迫っているし。ほら、あれだ。
貞操の危機って奴だ。
があん。
と、そんなとき、ゴンドラが大いに揺れた。
金属のぶつかる凄まじい音がして、二人の男達は振り仰ぐ。
私はぴんと人差し指を立てて閃いた。
「あ、オトモダチ、来てくれたかも」
言うと、はあ? と顔をしかめられた。
ここは観覧車の天辺。誰も来るはずがないだろうというのが二人の見解だった。
がん。
また金属音と揺れ。
他のゴンドラは全くもって揺れていないのにここだけ大いにぐらぐらしている。
小窓の外に目をむければ、ほら。
青空に馴染んだ髪がそこにある。
浮いているグリムジョーはすんなりと右足一本でゴンドラのドアを開けた。(破壊した)
大股で乗り込んできてはズボンのポケットに両手を差し込んだまま、その長い足でチャラの頭蓋を蹴りつける。
鈍い音がしてチャラは仰ぎながらずるずると倒れた。
隣にいる不良は未だに状況が掴めていないらしく口をぱくぱくとしている。
「手」
グリムジョーが呟いた。
眼が戦闘モードのそれになっている。
つり上がって瞳が小さく、ただ敵を貫く。
そんなグリムジョーの目を真っ向から受けて並の人間が耐えられるはずもなく小刻みに震えた不良は固まりきっていた。
しかしグリムジョーはそれを見てさらに機嫌を損ねたらしかった。
「手ェどけろっつってんだよ」
ばっこしカウンターが不良の頬にめり込んで、白目を向いて気絶してしまった。
私の肩から腕が落ちていく。
「あー、何かごめん」
二人に対して謝ると、乱暴にグリムジョーに担ぎ上げられた。
まだ高い空に飛び出すとそのまま虚圏への道を開く。
「オメーは買い物も出来ねえのか」
「お言葉ですが任務は全うに遂行しましたがね。迷子はそっちだよ。あの二人、一緒に探してくれてたのに」
「馬鹿たれ」
「何ですと」
「買って損した」
ほい、と手渡されたそこにはスモークチキンとカレー味のポップコーンと夏限定のかき氷の上にアイスが乗ったパフェがそれぞれ簡易包装されて持たれていた。
むんずと掴んで受け取る。
「何だこれ神か」
「花より団子だろうが、オメーの場合はよ」
「さすがわかってらっしゃる」
チキンの紙の包装を破いて頬張る。美味い。何だこれ神か。
宮に着くとひょいと降ろされて、ポップコーンをはむはむしている私の傍らにグリムジョーがしゃがみこんだ。
「どこ触られた」
「んー肩と顎と、あ、手も繋いだし腕も掴まれたし…あと頭撫でられたくらいかな」
「クソが。殺すぞオメーも」
言って、グリムジョーは私を抱き締めた。
抱き締めながら頭を撫で、肩に触れる。
そうして体が離れたかと思えば親指で顎を拭われた。
「本当にキスされてたらどーすんだ」
「来てくれるでしょ、その前に」
「…あ?」
「霊圧って感情に呼応するんでしょ。だから、私の霊圧が揺れたら絶対来てくれたでしょ」
この無条件の信頼を彼はどう受け止めたのだろう。
口許を歪めて嗤ったかと思えばぽんぽんと頭を撫でて子供のように諭される。
「こういうときくらい、食うのやめろよ」
「こういうときって、どういう――」
言い終えるよりグリムジョーの唇で言葉を紡ぐのを遮られた。
ほんの一瞬触れただけで離れていく。
キスするときくらい
(デートは難しいようです)
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