死神 | ナノ


其れがたる所以  


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ずんずん歩いていく癖は相変わらずである。

グリムジョーは未だに私を肩に担いで方々を歩き回る。

行くぞ、と一言でも声を掛けてくれたならあたしは自らの足で付いていくというのに、どういう訳かグリムジョーはそれをしない。

無言であたしを担ぎ上げて、行き先も言わずにずんずか歩く。

今日もそれだ。

部屋でのんびりしていたと思いきや、担ぎ上げられていた。

見えるのは流れていく廊下と、地面だけ。



「グリムジョー」



「なんだ」



「歩けるよ」



「バカか。んなこと知ってる」



「何で歩かせてくれないん」



「あ? 御主人様に逆らうようになるとは100年早えんだよグズが」



「逆らうつもりはないんだけど、なかなか頭に血が昇って気持ち悪くなるというかだね」



「早く言え」



言い終えるが早いか、グリムジョーは器用に私を縦抱きにして、さらにすんなりとおんぶへと移行した。

その間、僅か5秒足らず。

戦うことがめっぽう減ってはいるけれど、彼のこういった身体能力は一片の衰えも感じさせない。

あたしは久しぶりに、視線をグリムジョーと同じくした。



「おー。背が高い。いくつあるの」



「知らねえよ」



「186cmと見た。ノッポめ」



「羨ましいだけだろクソチビ」



「ぐぬう。何も言い返せまい。ところでどこ行くん」



「おめーを棄てに行く」



「え」



「俺の命令だ。逆らうんじゃねえ」



ああ、そうだ。

あたしは彼の相棒でも従属官でもなくて、ただのペットでしかなりえない。

グリムジョーが空腹を唱えれば食料を調達し、体の不調を訴えれば何時間もマッサージをし、性の捌け口となれと言われれば従う。

まだ、性欲の相手になったことは1度もないけれど、覚悟はしていたことだ。

居場所を貰う代わりに何でも言うことを聞く。

だからグリムジョーが、棄てると言えば棄てられる。

けれど何の脈絡もなかったし、こんなにも唐突に廃棄されるだなんて思い付きもしなかったからひどく驚いている。

恐怖していなかった訳ではない。

心のどこかでこの居場所を奪われたらどうすればいいのか、必死に考えていた部分がある。

ついぞ、答えは出なかったけれど。



「あたしを棄てるの」



「そうだ」



「どこに?」



「安心しろ。見付からねえところに置いてやる。あとはテメーで生きろ」



「グリムジョーは? グリムジョーはどこに行くの」



彼から返事はなかった。

ずんずんと歩いていく。

見知った場所を通りすぎてから、かなりの時間が経っていて、もうどこをどう通ってきたのかもわからない。

そこでわかった。

ああ、戻ってこられないようにしているんだ。

仔猫がいつの間にか家に戻ってきてしまうようにあたしもグリムジョーを探すと思っている。

だからそれをさせまいと、出来の悪いあたしにさらに意地悪をしているのだ。

右に曲がり、左に曲がり、どこをどう来たのか、わからない。

思い出せない。

あたしはぎゅっとグリムジョーの首を抱いた。

グリムジョーは無言だった。



「もう、メロンパンもなし?」



あたしが大好きなメロンパン。

いや、彼が与えてくれたからこそ愛着があったと言ってもよい。

与えられたあの日が、つい昨日のことのように思い出された。



「俺は黒崎のところに行かなきゃならねえ」



「ああ、オレンジ頭の」



「そうだ。オメーには無理だ。弱いお前は、きっと死ぬ」



「…不器用だね」



素直に言ってくれればいいのに。

自分は再び戦いの地に赴くからお前を連れていけないのだと。

自分の身を守れないあたしはきっと真っ先に死んでしまうから連れて行くよりも棄ててしまって生き延びてくれたほうが何倍もいいと。

そう言ってくれれば一瞬でも悲しみの気持ちなんて浮かばなかったのに。



「死神に見付かるんじゃねえ。人間として過ごせ。全部終わったら、持ってきてやる。メロンパン。」



降り立った現世。

誰もいない路地裏に、あたしはグリムジョーの背中からふわりと降ろされる。

対峙するあたし達。

見下ろすグリムジョーの目を、ふてくされたように口を尖らせて睨み付けると、グリムジョーはふん、と鼻で笑って、あたしに視線を合わせるように膝をついた。

そして今度はあたしが少しだけグリムジョーを見下ろして、グリムジョーがあたしを見上げる。

その大きな無愛想な手でぼさぼさのあたしの髪を整えて、何度も頭を撫でて、それから頬を包み込む。

あたたかい。

どうして別れ際にそんな優しさをくれるのか、くれないほうがいいと孤独を過ごしてきた彼はわかっているはずなのにどうしてくれるのか。

グリムジョーの掌にあたしの涙が流れてひどく冷たい。

どうしてそんな顔をするのか、そんな辛そうな顔をしたらあたしに未練が残ると知っているくせに、そんな顔をするくらいなら連れていってくれればいいのにどうしてそんな風に苦しそうに眉根を寄せるのか。

これからあたしはグリムジョーの身の心配だけをして何日も何ヵ月も何年も何十年も過ごさないといけないかもしれないし、その全てを待っていた先にはグリムジョーはいないかもしれない。

いなくなったらいなくなったと言って欲しい。
いるかもしれないなんて期待させないでほしい。
それがどれほど残酷なことか、グリムジョーにはわかっているでしょう。

あなたは全てわかっているのでしょう。

そんなにあたしは強くないのに弱いと知っているのにどうしてこんなにひどいことをするのか。

問うことは出来ないと知っているグリムジョーが本当に憎らしい。



「最後の命令だ」



言い終えたグリムジョーはあたしに初めてキスをして、あたしが再び目を開けたときにはもうそこにはその姿はなかった。




俺の前から消えろ
(それが不器用な彼の、精一杯の告白)
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