「だからー、俺達は知らねえし、見てもいねえよ!」
尸魂界に着くや、ギン達はあらゆる死神に声をかけていたが、恋次に話を聞いたところで怒鳴られてしまう。
「そもそもアラシのことは襲わねえって協定組んでんだし、新人にも徹底して教えてあるっつーの! 尸魂界にあいつが来たら霊圧の種類が違うんだし、誰かしらわかんだろ!」
「せやけど、ほんまに何処にもおらんかってん。隊長、集めてくれへん?」
「…しかたねえな! けど俺達の中に裏切り者なんかいねえかんな!」
びしっと指を立てて言い切った恋次はそれでも全隊長に召集を掛けてくれた。
少しして隊長格が集まり、環の中心に破面であるグリムジョーやノイトラ、テスラ、加えて黒崎一護、滅却師の石田雨竜と共に市丸ギンがいるとあってざわめいている。
恋次が口火を切ってくれた。
「あー、お忙しいのにすみません。実はこいつらの仲間が行方不明みたいで。破面なんですけど、誰か破面討伐の報告受けた奴いますか?」
場が静まる。
誰も報告を受けていないということだ。恋次は「ほら見ろ、言わんこっちゃない」とばかりに冷ややかな目をグリムジョー達に向けてくる。
なら、じゃあどこに行った?
グリムジョーの頭には答えが見つからない。
そこへマユリが遅れて入室してきた。
詫びもなく、自席へとのそのそと腰を落ち着ける。
恋次はグリムジョー達の顔色を伺って再度マユリに問うた。
「破面の子がひとりいなくなったみたいなんですけど、何か知りませんか? 部下が討伐したとか、そういう報告はなかったですか?」
問うとマユリはさも退屈そうに指を顔の前で絡めて、見下しながら言った。
「知らないネ。そんなに大切な彼女なら繋いでおけば良かったんじゃないかネ? 私は忙しいんだヨ。くだらない迷子探しに付き合ってる暇はないんだヨ」
「申し訳ありません」
恋次が再びグリムジョーの顔色を見ようと振り返るのと、グリムジョーの姿がなくなるのは同時だった。
一瞬の風が過ぎたかと思うと、グリムジョーは帰刃し、マユリの喉元を掴み上げ、今にも貫こうとしていた。
ギンもノイトラもテスラも石田も黒崎も、それぞれが刀を抜き、全ての切っ先をマユリに向けている。グリムジョーを援護しようとしているのは明らかだった。
同じくして、隊長全員が刀を抜いた。
もはや戦争でも起こさんばかりの緊迫感に、恋次のこめかみから汗が垂れる。
「てめえ…何でいなくなったのが女だって知ってんだ」
グリムジョーの問い掛けに、マユリは瞼半分の眼差しを向けた。
「言え! アラシはどこだ!」
「おい…やめとけよ…」
恋次が周囲を見回しながら小声で嗜める。こんな場所で隊長格と、隊長格に匹敵する破面達が戦えば被害は甚大だ。ようやく平穏を取り戻したのに、また戦争が始まってしまう。
恋次は静かに刀を抜きながらも、始解に留めた。
「やれやれ。まあいいヨ。サンプルは取れたから、帰してあげよう。場所は技術開発局の地下、保管庫番号六に保存してあるヨ」
「…保存…?」
グリムジョーの霊圧がぐんっと上昇した。
「今は助けに行くのが優先だろう。僕は行くぞ。アラシさんが誰を待っているのか、わからないほど馬鹿じゃないだろう?」
言いながらも、まだなお弓に矢を番えている石田の指摘に、グリムジョーはマユリを解放した。
* * *
そこは独房だった。
コンクリート打ちっぱなしの、冷蔵庫の中にいるかのような猛烈に寒くて広い独房。
電球がひとつしかなく、薄暗い。
その中にアラシはいた。
入口から見て右奥の隅に、膝を抱えてなるべく小さくなるように身体を縮ませている。
足枷と手錠で壁に繋がれているのが見えて、グリムジョーを筆頭に全員が駆け寄った。
アラシは顔をあげなかった。
抱えた膝に項垂れて顔を隠して、がくがくと震えているだけだった。
「アラシ、大丈夫か?」
グリムジョーが膝をついて触れようとしたのを、アラシはさらに身体をびくつかせて拒絶した。
「…どうし、――」
愕然とした。
僅かに上げたアラシの顔は血だらけだった。
右頬がぱんぱんに膨れ上がっていて、血と涎が混ざったどろどろとした唾が唇から零れている。
それだけではなかった。
左耳がない。
右目がない。
右腕が、ない。
乱暴に三角巾を肩に巻いてあるだけで止血としたのか、まるで意味をなしておらず床が血溜まりになっている。
アラシは残された左目だけでグリムジョーを見た。
寒いのか顔が真っ青で、吐く息が雪のように白い。
あらゆる血管が皮膚から透けて、身体中に青色の管が乱れ書きされているようだった。
アラシは力なく笑った。
「…今度はグリムジョーに化けたの…?」
グリムジョーはアラシの姿を見て震えていた。
怒りと恐怖と困惑と、やっぱりアラシを傷付けたマユリへの怒りと。
全部がない交ぜになって、どの感情によって震えているのかよくわからなかった。
アラシはグリムジョーを見つめながら言った。
「お願いだから、もう帰して。もう、いっぱいあげたでしょう。髪も皮膚も爪も歯も耳も目玉も腕も、たくさん、あげたでしょう。あんたのことは忘れるから、帰して。お願い」
血の涙を流すアラシを見て、グリムジョーは拳を作った。
ノイトラもテスラもギンも石田も黒崎も、目の前の現実を受け入れるのに時間が掛かって、ただ立ち尽くしていた。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
アラシの体のどこから垂れ落ちる滴の音なのか、わからないほど血塗れだった。
ようやくグリムジョーが言葉を発した。
「アラシ、帰ろう。好きな飯、買ってきてやるから、帰ろう。な?」
「触んないで。もう騙されない。あんたはグリムジョーじゃない」
「俺だけじゃねえ。よく見てみろよ、全員いるだろうが」
それでもアラシは首を振った。
喋るたびに血の塊が口からぼとりと落ちていく。
「違う」
「違くねえよ」
「違う! グリムジョーじゃない! ノイトラじゃない、テスラじゃない! ギンでも石田でも黒崎でもない! あんた何がしたいの? 力? なら腕より先に私のこの力を奪えばいいじゃんか! 私だって…私だって…! 好きで呪われて産まれてきたわけじゃない!」
無機質な独房にアラシの悲痛な叫びが轟く。
ノイトラ達は見ないふりをしてやった。
グリムジョーの頬に涙が零れたのを、気付かないふりをしてやった。
たった一粒、けれど確かに零れたグリムジョーの悲しみを見ないでやった。
グリムジョーはノイトラ達に目配せをして、二人きりにするよう頼んだ。
察したノイトラが全員の背中を押して独房を出てやる。
重い扉が閉まると、ぴちゃん、ぴちゃん、という音がやけに大きくなった。
少しして、グリムジョーはアラシに手を差し伸べた。
「助けてやろうか」
言うと、アラシがはっとしたように目を見張った。
グリムジョーは続けた。
「絶対口答えすんな。ヤらせろつったらヤらせろ。死ねっつったらテメーで死ね。それでも来るか」
それはかつて、グリムジョーがアラシを助けるときに投げ掛けた言葉だった。
かつて、藍染によって鎖で繋がれていた、あの頃に。
それを覚えていてくれた嬉しさと、目の前の人物が本物のグリムジョーである事実と、この悪夢の終焉とを感じて、アラシは顔をくしゃくしゃに歪めて泣いた。
いっきに先までの恐怖がぶわりと甦る。
鼻水が垂れるのも気にせず、差し伸べられたグリムジョーの手を握った。
するとグリムジョーは壁に繋がる鎖を渾身の力で引きちぎって、アラシを抱き上げた。
アラシは左腕一本でグリムジョーの首にしがみついた。片腕だけのせいでバランスが崩れるのをグリムジョーが抱き締めて支えてやる。
体が氷のように冷たい。
「傍にいろっつったら、傍にいろ」
抱き締められたことで緊張の糸が切れたのか、アラシは頷きながら、大声で泣きじゃくった。
「腕が…私の、腕が…っ!」
「わかってる。すぐに治してやるから」
独房を出ると、石田がアラシの肩から上着を掛けてやった。
ノイトラに優しく頭を撫でられて、アラシの泣き声が小さくなる。
「飯、何が食いてえんだ?」
「…ぴざ…」
「ピザな」
「唐揚げと、餃子と、ラーメンと回鍋肉とビーフシチューも…」
「わかった」
「…あとショートケーキ…ホールで…3個くらい…」
「わかったわかった」
グリムジョーは現世に着くとアラシを井上織姫に任せた。
全てが元通りに治癒出来たのに、うなじに焼かれたバーコードだけは、どれだけ時間を掛けても消えなかった。
何度でも
(何度でも何度でも
「お前を救ってみせる」
「貴方の手を取りたい」)
→?
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