「こんなに買ってくれなくていいよー」
「物欲のない子やねえ」
「次はギンの洋服買おう」
「僕はいらんよ」
「いいからいいから。お返しに。それに私、現世に住んでたときがあってお金ならいっぱい貯めてるから」
私達はショッピングモールに来ていた。
ギンが手当たり次第に私の洋服を買い揃えて行くものだから互いの両手はショッパーでいっぱい。ひとまずコインロッカーにそれらを押し込んで、メンズの店に向かった。
取りあえず目についた店に適当に入る。
ちなみにギンの今の格好は黒のジャケットに黒の細身パンツ、灰色のシャツを着込んだだけの簡単なものだ。
「うーん。何でそんなにモノトーンが好きなのかね」
「落ち着くんやで」
「ピンクとかどうよ」
「どぎついの選ぶなあ」
「薄い色ならそんなにキツくないっしょ」
淡いラベンダー色のシャツを手にとり、ギンに当てる。
ふむ、と頷いて棚に戻した。今度はピンクを取って当てる。
「うん、紫だね」
「えらい早いねえ」
次、赤色のシャツを当てた。鮮やかなものではなく、深く、少し暗い色の混じったワインレッドだ。
長袖のボタンダウンのシャツ。
「お、これもいいじゃん。この二つを買おう」
「ええよ、二つもいらん」
「私に十着近く買った人が何を言うか」
そうして勝手に会計を済ませる。
するとギンの手が後ろから伸びてきて、袋の中のシャツを取り出してタグを取ったかと思うと、そのまま試着室へと消えて行った。
まさかとは思ったけれど、戻ってきたギンを見て、やっぱり、と予想通りの行動に出たことがわかった。
灰色のシャツからワインレッドのシャツへと変わっている。
それだけに留まらず、灰色のシャツを捨てるように店員に言い渡していた。
「素早いですな」
「アラシから貰ったもんや。着んと、おかしいやろ?」
「あざーす。うん、やっぱり似合うよ」
「おおきに」
そうして私達は干し柿を買いに行った。
大型のショッピングモールのおかげで、そういったマイナーな食べ物も売っている店舗が入っていて助かった。
華やかなファッションブースを抜けると、渋い店がひとつ現れる。
海苔や茶葉、漬物が売っているその隣に干し柿が置いてあった。それを買う。
店主のおばあちゃんがゆったりと包装してくれている間、私とギンは並んで干し柿の袋詰めが丁寧に紙に包まれていく流れを見つめていた。
(贈り物じゃないからビニール袋で大丈夫ですって言ったんだけどなあ。まあ、よしに)
妙な間が生まれて、私はぽつりと呟いた。
「何で私を棄てたの?」
ギンが私を見た気がしたけれど、敢えて私は気付かないふりをした。
再びギンが顔を正面に戻す。
「言うたら信じてくれるん?」
「わかんない」
また沈黙が流れる。
おばあちゃんから干し柿を受け取って、どちらともなく並んで歩き始めた。
ロッカーから洋服の袋を取り出して、帰路につく。
夕方の歩道をとぼとぼと歩いていると、ようやくギンが口を開いた。
「僕あの時、やらなあかんこと、あってな」
「うん」
「生きて帰って来られるかも、わからんかった。いや、帰って来られへんと思っとった」
「うん」
「せやからアラシを棄てたんや。でも僕を忘れて欲しくなくて、あんなことしてしもうた。ごめんな」
「…あんなことしなくても、忘れなかったよ。素直に言ってくれれば良かったのに」
「そないなことしたら、正直に全部、話してしもうたら、アラシは待ってまうやろ?」
「…え」
私は思わず立ち止まった。
数歩先でギンが振り返る。
私達の間を伸びた影が遮った。
さざ波に似た風が吹いて、ギンの笑顔をさらに頼りないものへと変える。
「待ってまうやろ? 僕が死んでも、ずっと僕のこと待ってまうやろ? 鎖に繋がれて、あの冷たい場所で、ずっとずっと、待つやろ? アラシなら待ってまうやろ? 棄ててやらな、あかんやん」
力なく笑うギンは嘘をついているようには見えなかった。
「え? まさか、全部、私のため?」
ギンは応えなかった。
「あんなにひどいことしたのも、全部、私がギンを待たないために、棄てられたとわからせるためにしたことなの?」
「すぐに迎えに行ってあげられたらよかったんやけどな、怪我が重くて、こないに時間が掛かってしもうた」
「なんで…何でそんなに」
「行こか。夜になってまう。今日は満月やねんて。一緒にお月見しようや」
そうして歩き出してしまったギンを少し遅れて追った。
ギンは私を棄てた。
でもそれが私のためなのだとしたら、私はとてつもなく残酷なことをしているのじゃないだろうか?
グリムジョーに心を寄せ、いつかグリムジョーが助けに来てくれると期待しながらギンの傍にいるのはこの上ない残酷な行いなのでは?
本当にグリムジョーから離れるか。
ギンを『棄てる』か。
頭が混乱しながらも帰宅する。
どうやって借りたのか、庭付き一軒家。
そのときにはどっぷりと夜になっていて、真ん丸の満月が空に昇っていた。
私達は庭にテーブルセットを引っ張り出して、日本酒と干し柿を広げてお月見を始めた。
「柿と日本酒、合うね」
「せやねえ」
のんびりとした時間が流れて行く。
熱燗をぐいぐい飲んでいると、ほのかに酔い始めたのか、頭がくらりくらりとした。
「なあアラシ、月が綺麗やね」
「そうだね。満月って明るいんだね」
「今のが僕の答えや」
「え、何の?」
「さっき、何でそんなに、って聞いたやろ。せやから、その答え」
「月が綺麗、が答え?」
「せや」
「ふーん?」
よくわからない、と首を傾げる。
途端、ギンが急に立ち上がった。
私を背中から抱き締める。
すると世界がぱっと明るくなった。抱き締められて本当なら暗くなる筈なのに、真っ白になった。
地面が抉れて、次に熱が襲ってくる。
虚閃だ。と、ようやくわかった。
「平気やった?」
「私は平気だけど、ギンは? ギン、もろに背中に食らったんじゃ」
腕の中で反転してギンの頬を挟む。
けれどギンは私のその手を握り、離した。
肩越しに、空に浮かぶ青空と、三日月が見えた。
違う。
グリムジョーと、ノイトラだ。
「グリ――!」
「あかん、あかんよ」
二人に手を伸ばそうとして、でもギンに抱きすくめられて敵わなかった。
二人が降り立つと、ギンは私を人質にとって対峙した。
グリムジョーとノイトラを見る。
二人とも疲れきったような顔をしていた。
目の下にクマが出来て、げっそりしている。寝る間も惜しんで探してくれていたのだと思うと涙が溢れた。
グリムジョーが言った。
「アラシを返せ」
「返されへん。僕のもんや」
「てめえ…」
そのときグリムジョーの左手の指輪が月明かりに反射した。
ギンがぴくりと反応して、私の左手に触れる。
薬指に触れ、鼻で嗤った。
「何でなん。僕が先やったのに、何でなん」
「ギン、落ち着いて。私にいい考えがあるから、聞いてくれる?」
「なあ、何でなん? 一緒におってくれるって言うたやんか。こんなの、こんなもの、傷付けたくなってまう」
ぼき、という骨の音がした。
激痛が走る。薬指を見ると、あらぬ方向に曲がっていた。
ギンに折られたのだ。
痛みで叫んでしまいそうになるのを、ギンの掌が私の口を覆って防いでしまった。
涙が滲む。
痛い、痛い。
「アラシ!」
グリムジョーとノイトラが焦燥を浮かべた。
痛みで身体が震え始める。戦闘に出たことのない私は、怪我に慣れていなかった。
「い、痛い、痛いよギン」
「かんにんしてや」
目の前では二人が帰刃しようとしている。
ギンは卍解しようとしているし、このままでは四人のうち、誰かが死んでしまう。
もう破面はいないのに。藍染がいなくなったから、もう仲間は生まれて来ないのに殺し合いになってしまう。
「待って!」
大声を張り上げると、皆がぴたりと止まった。
グリムジョーとノイトラに告げる。
「ギンと行くところがあるから、今は戻れない」
「なに言ってやがんだ」
グリムジョーが首を傾げた。本当に、意味が分からない、という顔をしている。
ノイトラが私に手を伸ばして来て、優しく諭す。
「戻ってこい。俺らなら、助けてやれるから」
でも私は首を振った。
「本当にギンを連れていきたいところがあるの、それが終わったら虚圏に帰るから、待ってて、お願い」
「アラシ!」
「すぐに帰るから。行こう、ギン」
怒鳴るグリムジョーをそのままに、私はギンを促して、その場を後にした。
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