放たれた虚閃は容易くグリムジョーの体を吹っ飛ばした。
壊れた人形のように体が投げ出され、ゆっくりと落ちて行く。最後まで宙に残っていた腕がぽすりと力なく体の横に落ち着いた。
「…え? グ、グリムジョー…」
「思い出しただろ」
グリムジョーが死ねば記憶は戻る。
薬を飲んでいた間の記憶は失う。
つまりアラシの中に俺への愛はもう無くて、愛してるという言葉は幻になった。
アラシは涙も引っ込んだのか、恐怖と驚愕に唇が戦慄いている。
自分自身を確かめるように腕や頬に触れて、そして再びグリムジョーの倒れた姿を見やった。
「私、何でここに…待って、グリムジョーが」
「ああそうだ、あいつは死んだ」
「グリムジョー!」
アラシは駆けた。
俺を抱きしめていた筈の腕がするりと離れていく。
名残惜しく残ったのは俺の指で虚空を切った。
温もりと声と存在が離れて、去って行く。
これでいい。
起き上がらない最愛の男に向かって駆けて、遠ざかる背中を見つめながらこれで良かったのだと幾度となく言い聞かせる。
さあ戻ろうと踵を返したときだった。
凄まじい霊圧が襲った。
どん、という衝撃に足元がぐらつく。
この俺が耐えられない。
頭から何万トンもの重さで押さえ付けられるような、どす黒い霊圧だった。
立っていられずに片膝をついて油の切れた機械のようにぎこちなく振り返ると、グリムジョーと俺の間に光の柱が天高く伸びていた。
「な、なんだ…?」
光の柱の中にアラシがいた。
胸から引き上げられたように仰け反るように宙に浮いている。
その間も増幅が止まらない霊圧。
はっとした。
まずい。
「封印が、解ける…!」
アラシは失敗作だった。
藍染が作った破面の中で最も出来の悪い失敗作。
霊圧も感じない。虚閃も撃てない。帰刃も出来ない。武器を持つ筋力も、肉弾戦のための俊敏さもない。かといってザエルアポロのように頭がきれる訳でもなければアーロニーロのように特殊な能力もない。
役に立たない今世紀最大の失敗作。
の、はずだった。
真実は違う。
十刃の上位五番までに知らされた事実。
<力のコントロールが出来ない最恐最悪の破面>
それがアラシだった。
藍染はすぐに産まれたてのアラシの力を封印した。
永遠に解かれるはずのない強力な呪い。
絶対にアラシを戦闘に連れていくな。
封印が解けたら虚圏がなくなる。
藍染は俺達にそう告げた。
それからアラシは手錠に足枷を付けられ、どこにも出られないように繋がれた。
そんなアラシを拾ったのがグリムジョーだった。
初めは藍染もいい顔はしなかった。むしろアラシを殺そうとしたのだけれど切り札としてその力を取っておきたかったのだろう、様子を見ることになった。
グリムジョーが戦闘にアラシを連れて行かないとわかって、そしてだいぶ安定しているアラシの精神状態を見て、大丈夫だと安心したのだった。
そして今に至る。
おそらく感情の高ぶりによって封印から力が漏れ出しているのだろうと思う。
広がり続ける光。
重くのしかかる圧力。
もはや輝きでよく見えないが、アラシの体は自身の霊圧に耐えられていないようだった。
指先から肌の色が変わっている。
赤くただれ、燃えているのだ。
ほとんど俺が平伏すまでになったとき、光の中に何かが放り込まれた。
いや違う。
グリムジョーだ。
グリムジョーがこの重苦しい霊圧を押し退けて、その中心に飛び込んでアラシを抱き止めたのだった。
自身が焼き尽くされることも厭わず、もしかしたらここにある世界の全てがなくなってしまうかもしれない可能性を孕んでいながらそれを恐れず渦の中に飛び込んだのだ。
「下手すぎんだよ、演技が」
俺の虚閃は当たっちゃいない。あの野郎の肩を擦っただけだ。
突然、虚閃を放ったことで何かを察したらしいグリムジョーは演ずることにしてくれたようだった。
愛する男に抱かれたアラシは精神の支えを思い出したのか、徐々に力を失っていった。
ゆっくりと地面に降り立って、抱き合っている。
どんな言葉が交わされているかもわからない。
どんな顔かもわからない。
俺は霊圧に当てられて吐き気を抱いた。
手の甲で口を拭い、完全に気を失っているテスラを担ぎ上げて宮に戻った。
これでいい。
愛してる
(ついぞ言えなかった)
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